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美術新人賞デビュー2024 審査総評&全入選作27作家 一挙紹介!

〈美術新人賞デビュー 2024〉の受賞&入選者が決定!応募総数142名の中から、書類、実作品の審査を経て、受賞6名を含む入選27名が選ばれました。
ここでは、審査員の立島惠、土方明司の2氏によるコメントともに入選作品を一挙に紹介します。

対談 立島惠×土方明司
第12回のグランプリは井上咲香さん《心の窓》
(月刊美術 2024年3月号より抜粋)

──本誌主催の絵画コンクール〈美術新人賞デビュー〉も今年で12回目を迎えた。応募総数は142名。書類による1次審査を通過した64名を対象に実施した実作品による2次審査を経て、入選27作家が決定した。審査員は、前回に引き続き、立島惠、土方明司、永山裕子、塩谷亮、岩田壮平の5氏。ここでは、美術評論家・審査員である立島、土方両氏が選考を振り返りながら、各入選作品の見どころと課題などに言及する。

立島 今回応募総数が減ってしまったのは、残念だけれど、全体のレベルが非常に高かったと思います。選外となってしまった中にも惜しい作品はいくつもあった。実力者が多くこの作品で落ちてしまうんだ、と思う作家が特に多かったと思います。

土方 他のコンクールで入選、受賞しているような作家も多数応募していて、見応えがあった。全体的には、日本画が多かった。最近の傾向として、本来油彩画で始まったコンクールでも日本画が増えてきている。それだけ若い人たちのなかで、日本画・洋画という境があまりなくなってきているのかもしれません。自分にあった素材を積極的に取り入れている。漆も簡単に使えるようになったり、顔料も新しく開発が進んでいて、技法的な広がりは顕著だと思います。表現の面では、数年前まで目立った「写実」が少なかった。増えたのが、内面的なモチーフというか、自分の個人史的なものを幻想的な表現に落とし込む。そういったものが多かった。前回も感じましたが、数年前に日本で展覧会が開催されたピーター・ドイグの影響が今でも出ている感じがしますね。

立島 土方さんと同意見で、いわゆる「写実絵画」的な、描写一辺倒って作風は少なくなったなと感じます。そして、やっぱり留学生、外国人の割合が目立つ。これは、美術大学、特に大学院に進学する留学生が増えているからだと思いますが、日本の学生に比べ、彼らはチャレンジ精神、積極性があるように思う。それが如実にこういうところに反映しているのかもしれませんね。

土方 特に中国の方に勢いを感じる。準グランプリの2人もそうですよね。基本的に技術が優れていて、基礎体力が備わっているから、なんでも描けるっていうのが強みだと思う。

立島 今まで生まれ育った国の絵画の価値観と、そこから出て、日本やその他の国で新しく学んだ絵画の価値観を上手に咀嚼できている人たちが入選、受賞していることが多いと思う。

◆独自のイメージと表現で掴んだ受賞作品

──それでは、1点ずつ振り返っていきたいと思います。まずは、グランプリ井上咲香さん《心の窓》から見ていきましょう。前回は入選でした。

〈美術新人賞デビュー2024〉グランプリ
井上咲香 《心の窓》 30F  油彩、キャンバス

土方 井上さんの作品は以前から見てきましたが、性別や年齢が不確かな“原人間”みたいな感じのモチーフを、大学院時代からずっと描き続けている。独特なタッチの人物表現。前回の絵も記憶に残っているけれど、非常に整理されて、彼女の「伝えたい」「描きたい」という事柄がよりはっきりしてきたように思います。既視感がなく、新鮮に見えた。

立島 私も、前回も目を引いた作品だったことを覚えていました。その意識が少なからずあったのかもしれないけれど、審査が始まってから審査員全員が高評価だったように思います。かなりブラッシュアップされていて、色合いもパッと目に入って良い。筆のタッチもより工夫が感じられるし、油彩らしい作品でした。

──続いて準グランプリ2名はともに中国出身。作品は2点とも日本画です。まず符琳さん《心鏡》

〈美術新人賞デビュー2024〉準グランプリ
符琳 《心鏡》 30S 岩絵具、墨、雲肌麻紙

土方  こうやって資料で作品を見ると、日本画ってわからないですね。ある意味では、日本画らしくないというか、日本画の常套手段が見えない。符さんに限らず、そういった作品が増えてきた。若い人には、こういうナイーブな作品は非常に受け入れやすんだと思う。

立島 さらっとしている。厚塗りではなくて、ちょっと間があって、空間が上手に使えている。実際は、そんなに薄塗りでもなかったと思うけれど、薄塗りに見せることで、綺麗な日本画のグラデーションみたいなものを上手に使えている。構図もうまくとれていますね。

土方 日本だと日本画の伝統的な技法が根本にあって、やっぱり花鳥や四季の自然を描く、みたいなベースがある。心象風景を日本画の世界で描くことは、今まであまりなかったように思います。

──続いて梁語月さん《雪盲》はいかがでしょう。

〈美術新人賞デビュー2024〉準グランプリ
梁 語月 《雪盲》 アクリル、水干、絹

土方 オリジナリティを感じる人物描写が際立っていた。日本人にはない感覚だなと思います。

立島 絹本の作品ですが、にじみの表現も効果的に使えているし、絹本ならではの面白さ、特徴的な絵肌や、水彩画のようなタッチが生きている作品だと思います。

土方 デザイン的、イラスト的な雰囲気もあって技術力も高い。でも、絵が少し小さかった。

立島 それが惜しい点でした。もし大きなサイズで描いていたら、結果も違っていたかもしれない。

──奨励賞は3名でした。關加奈子さん《この苦しみを吸い上げてくれる蝶々の口吻》曹テイテイさん《初めまして》中村文俊さん《と或るたからもの》。いずれも力のある作品でした。

〈美術新人賞デビュー2024〉奨励賞
關加奈子 《この苦しみを吸い上げてくれる蝶々の口吻》30F
日本画、白亜地、パネル、キャンバス

立島 關さんは以前から知っている作家ですが、独特のデロっとした感じが、ちゃんと出ていて、他の作品にはないテイストがあって目立っていた。一時上位の賞候補にも挙がっていた。背景は、塗っているのではなく、クロスハッチングで線を交差させて、黒く埋めているんです。絵肌と背景の面白さと、筆跡が特徴的な作品でした。

土方  残念なのが、全体的に少しまとまりに欠けているかなと思うところ。独自のイメージが表現力に追いついてない気がする。もう少し整理できると説得力が強くなっていくはず。

立島  曹テイテイさんの絵も少し小さかった。30号ギリギリでしっかり描けばもっと良かったんじゃないかと思います。

〈美術新人賞デビュー2024〉奨励賞
曹テイテイ 《初めまして》 15F 水干、岩絵具、洋箔、金泥雲母、近江三椏紙、パネル

土方  絵の完成度は高く、複雑な構図だけど、ちゃんとまとまっている。将来に期待が持てる。準グランプリのテイストとも似ていて、日本画を自由に捉えている印象を受けました。

──中村さんは前回入選されています。日動画廊の昭和会展では昭和会展では昭和会賞を受賞されています。

〈美術新人賞デビュー2024〉奨励賞
中村文俊 《と或るたからもの》 30F 油彩、テンペラ、板、エマルジョン

土方  ペンギンの人形が一つの寓意になっていて、手慣れた幻想的な世界。古典技法をしっかりと学んでいるから、非常に安定した表現力を持っている。光と影のコントラストが持ち味で、それがだんだん上手くなっている。オリジナルの世界観、表現力など「独自の世界」をちゃんと絵の中に落とし込めることができるかどうかが、最終的に高得点に繋がる。ただ上手いだけでも、ただアイディアがあるだけでもうまくいかない。

◆「もうひと工夫」で一歩前進 いま一度自身と向き合って

──ここからは、入選作品です。阿久根瑠聖さん《団地 ─三匹の牛─》はコミカルな印象でした。

阿久根瑠聖 《団地 ─三匹の牛─》 30P
油彩、キャンバス

土方 ありそうでない、新鮮な感じがしました。この思い切りの良さが良かった。ただ、訴求力というか、訴える力がちょっと足りなかった。デザイン的な感覚、色彩の感覚は非常に高得点だったけれど、「じゃあ、これで何を伝えたいのか?」というのが弱かった。もう少し「毒」があったら面白みが増したかも。

立島 センスがいい。ここから上をいこうとすると、もう一つ何か要素が加わると良くなっていくと思います。もうひと工夫ですね。

──岡本望さん《夢路》

岡本望 《夢路》 30F
岩絵具、白麻紙、木製パネル

立島 全体的に色合いも薄く、柔らかい印象。正直、よく見る構図ではあるけれど、優しい表現に好感が持てました。

土方 ただ、少し現代的な感覚が乏しいように思うので、岡本さんももうひと工夫が欲しいですね。

──笠原彰人さん《illuminate》

笠原彰人 《illuminate》 20S
アクリル、ペン、木製パネル、綿布

土方 現代曼荼羅みたいですね。

立島 混沌とした感じが良かった。

土方 引き込む力がもう少し足りなかった。求心力が弱い。

立島 確かに、中心になるものがないですね。細かく見てみると隅々まで凝っていて、面白い作品ではあるけれど、全体的に見ると、構成に問題を感じるところもある。パッと見のインパクトは強いんだけれど、それだけで終わってしまうような……。

土方 いくらでも工夫の仕方があるから、色々試してみるとぐんと面白くなると思う。例えば、構図の工夫。たくさんの要素をガチャガチャと描き込むのも面白いけれど、見る人を引き込むような工夫が必要。じゃないとただの羅列になってしまって、勿体無い。

──かやさん《静寂》

かや 《静寂》 30F
岩絵具、雲肌麻紙、箔、和紙

立島 現代的なテイストも出ているし、どこかロマンティックな印象を受けた。

土方 日本画に見えないですね。一見よくある構図のように思えるけれど、色彩感覚が良くて、自分の表現をしっかりと掴もうとしているように見える。これからの伸び代に期待したいです。

──簡維宏さん《陰陽交融》。簡さんは前回も入選されています。

簡維宏 《陰陽交融》 20M
岩絵具、金泥、グラファイト、
麻生地着彩、典具帖紙

土方  センス、感覚が良いなと思う作品です。が、簡さんもちょっと表現が弱い。個人的には、前回より今回の入選作の方が好きですが、この朧げな描き方で、イメージを強めるにはどうしたらいいだろうか……。イメージが少し散漫になっているように感じます。

立島 一貫してひまわりをモチーフにしている。技術力は高いし、構図の取り方も面白い。ただ少しわかりづらいというか、見えづらいのは残念だったな。

土方 前回よりは洗練されてきているから、これからも描き続けて欲しいです。

──木下怜奈さん《噴水図》

木下怜奈 《噴水図》 30F
岩絵具、胡粉、墨、高知麻紙

立島 日本画らしい日本画って印象を受けます。マチエールの作り方などが特に。単純な構図の面白さがありますね。素材感をしっかり出して、シンプルな構図で見せようとする狙いがよく伝わる作品でした。

──古山由樹さん《aggression II》

古山由樹 《aggression Ⅱ》 30P
墨、岩絵具、胡粉、箔、本鳥の子紙、薄美濃紙

立島 この作品は、工芸的な仕事だなと感じました。素材に使われている紙の質感で、雰囲気を出している。一つ一つのモチーフ、素材感を生かしながら全体を構成していて、どこか音楽的な印象も受けた。他にこういった作品がなかったこともあって、目立つ作品でした。

──白岩溪さん《龍魚の生息地》はインパクト大な1点でした。白岩さんは2020年に入選されています。

白岩溪 《龍魚の生息地》
30F 土、雲母、泥絵具、岩絵具、膠、麻紙、木製パネル

立島 前回と比べてとても上手になったと思います。鱗の濃淡の表現に、垂らしこみなどを使っていて、表現の幅が広がっているように思う。背景にも工夫が見られて、面白い作品に仕上がっている。日本画らしい素材感が、遠くからでも感じられて、これからが楽しみです。

──髙栁基己さん《煙に撒く》。髙栁さんは前回も入選でした。

髙栁基己 《煙に撒く》
30P 油彩、キャンバス

立島 風俗画の面白さがありますね。今はこういった「泥臭い」作風は珍しいけれど、逆に新鮮にも見えるのかもしれない。

土方 同感。どこか懐かしい気もします。

──谷井里咲さん《あそびたい日》

谷井里咲 《あそびたい日》 30P
岩絵具、アクリル、オイルパステル、雲肌麻紙

立島 背景の作り方が面白いですね。随所に工夫が見られる。中心の猫と、背景に強弱をつけていないことが、この作品のいいところだと思います。

──張兆揚さん《夏眠》

張兆揚 《夏眠》 30F 絹本着彩

立島 中国の現代の硬筆画の絵、という印象を受けた。

土方 少しテイストが使い古されている感もある。意味があって、あえてそうしているのかもしれませんが、手足が大き過ぎるように見える。「伝えたいこと」がもっと作品に託せるように出来ればもっと良くなると思います。

──手塚葉子さん《慈光》。手塚さんは過去に何回も入選されている作家です。

手塚葉子 《慈光》 20P
岩絵具、膠、箔、木製パネル、和紙

土方  こういった白描風な技法を貫いていて、今回は一段と良くなっていた。応募を繰り返すと、審査をしている立場から言うと、どうしても既視感が強くなってしまう。でも、作品を見て、「あぁ、またか」とは思わなかった。新鮮味を保つのは難しいことですが、手塚さんはそれができている。

立島 ただ、毎回思うんですが、最大サイズ30号で描いてくれれば良いのに、と。賞候補一歩手前で、どうしてもサイズが小さくて外れてしまう。それが本当に惜しい。

──寺井達哉さん《徒然》

寺井達哉 《徒然》 20P
油彩、ジェッソ、シナベニヤパネル

土方 技術力はあるけれど、ふっとこの絵の世界に引き込むような力が足りない。夕暮れ時の独特な神秘感がもう少し描けていたら、なお良かったと思います。これだけ描く力はあるので、これからに期待したいと思います。

立島 強烈なインパクトはないけれど、真面目な絵。そういった絵も評価していきたいですね。変に奇を衒っていないところが良い。作家自身が風景に没入したり、発見があったときに絵が良くなっていくと思う。これからもコツコツ頑張ってほしいです。

──戸田創史さん《泉に夢》

戸田創史 《泉に夢》 30F
岩絵具、墨、金箔、黒箔、アクリル、オイルパステル、綿布

土方 絵に工夫は見られるけれど、ちょっとイメージが立ち上がってこないのが残念だ。

立島 絵肌も丁寧に作っているし、箔の使い方が特徴的ですね。全体的な不思議な構図と絵肌で勝負している作品だと思います。

土方 ユニークなイメージは自身の中に持っているはずだから、あとは表現力を磨けばもっと見る人を引き込むような作品になるはずです。

──中村龍二さん《宵の口に立つ》

中村龍二 《宵の口に立つ》30F
油彩、キャンバス

土方 中村さんも地味ではあるけれど、実直な絵ですね。色のグラデーションがきれい。でも少し素直すぎるのかな。昔の浮世絵というか…… 吉田博のような新版画を見ている印象。こういった作品も悪くはないけれど、その先を見てみたい。

──平野瞳さん《裏庭》。平野さんは前回奨励賞でした。

平野瞳 《裏庭》 74.5×43cm
銅版画(油性インク、版画用紙)

土方 魅力的な作品ですね。デビュー展は版画の応募が少ないけれど、こういう絵が一枚あるとホッとするというか、やっぱり銅版画いいね、と思う。

立島 モノトーンの表現も良いし、空気と光の表現が際立っている。目指しているものがはっきりとしていて、わかりやすいところがいいですね。

土方 こういった作品は好感が持てる。このまま頑張ってほしいです。

──何信宏さん《動物園》

何信宏 《動物園》 25S
油彩、キャンバス

土方 面白い絵ではありますが、モチーフにもう少し寓意を込められるともっと良くなると思います。ひねりが足りないような……。一枚の絵というより、どこか絵本の挿絵のように感じてしまう。発想は斬新だし、技術力もあるはず。何さんももうひと工夫が必要ですね。

──前島愛由さん《命の記憶》

前島愛由 《命の記憶》 20F
岩絵具、箔、木製パネル、雲肌麻紙

立島 構図も凝っていて、色彩もとても綺麗。私は好きな絵です。でもやっぱり大変かもしれないけれど、30号で頑張って描いてほしい。大きい作品の中にあるとどうしても陰って見えてしまう。大きさだけが全てでは決してないけれど、コンクールではとても大事なことだと思います。

──松原怜之さん《眼前の出来事について》

松原怜之 《眼前の出来事について》 30F
油彩、鉛筆、キャンバス

土方 何が描きたいのかまだ決めきれていないのかもしれない。表現に少し揺れが見られる。細密な表現を目指しているのか、でもどこかイラスト的な要素も感じられますね。

立島 学部に在学中ですから、まだまだ描きたいことがたくさんあるはず。今の時点で、入選できているのだから、もっともっと描いて感性を磨いていって欲しいです。これからに期待したいです。

──三浦良多さん《確(たしか)》

三浦良多 《確(たしか)》 30F
油彩、キャンバス

土方 写実的な表現だけれど、完全なる写実ではないように思えますね。厳しいことを言うようだけれど、正直どっちつかずな印象で、表現したいことが見えてこない。技術力はどんどん上がっていくと思うので、思い切り真正面から「美人画」に立ち向かった方が見る人にも真っ直ぐ伝わると思います。

──最後は、森紗貴さん《日常》

森紗貴 《日常》 30F
岩絵具、水干、高知麻紙

立島 カラフルで楽しい作品ですね空間把握も自分なりに工夫していて、変わった視点で描いている。オリジナルの表現をもっと磨いて、この世界観を高めていったら、もっと上にいけると思います。

──以上、早足ですが、27作家の作品を振り返っていただきました。

土方 レベルは確かに高いんだけど、こうやって1点1点改めて見てみると、入選作は、まだもう少し工夫が必要な作品が多かったように思います。受賞作家たちは、しっかりと見せるべきところを押さえている。映像が氾濫しているなかで、自分の内面的なイメージ、切迫感や必然性といったものを掴めるかどうか。それらをしっかりと掴んで、絵に落とし込めることができると、見る人には必ず伝わる。簡単に絵にしないで、一度自分のなかのイメージを煮詰める作業をしてほしいです。

立島 せっかく絵を描くチャンスがあるのだから、「もっと思い切ってやってもいいんじゃないかな」って思う時があります。真面目に取り組むことは勿論大事なことだけれど、ちょっと真面目に過ぎるかもしれないですね。こちらがあっと驚くような作品を見てみたいです。

──本日はありがとうございました

(左)土方明司氏(川崎市岡本太郎美術館館長)/(右)立島惠(佐藤美術館学芸部長)

審査員 選考評
永山裕子 (画家)

期待を裏切るような、新しい表現を見つけていくことも大切

 今回で審査は3年目で最後の年になりました。たった3年でも作品の傾向の移り変わり、毎年応募してくる作家さんの作品の変化に気づくことができました。
 名前は覚えていなくても、昨年の絵はこういう絵だったなと脳裏に思い出せる絵は、あらためて印象が強いのだなぁと感じました。
 1年目の時、SNSにこの美術新人賞デビューの募集を載せたところ、「年齢制限があるのはけしからん」と批判のコメントを何人かからいただきました。文体からして年配の方のようでしたが、あなたたちには応募できる数多のコンクールがあるのに一体今まで何してきたんですか? と心の中で毒づきました。

 先に述べたことと反対のことを言うようですが、「昨年のあの絵を描いた人は今回はどんな絵を出したのかな?」と思うと、全く違う絵で驚いたり。前年に評価されて期待されても、それを裏切りどんどん新しい方向を見つけていくことも大切だと思います。

 まず、今回受賞された皆さんおめでとうございます。
 グランプリの井上咲香さん《心の窓》。不安と確信が入り混ざったような眼差し。性別や赤子か大人かもわからないような表情の2人が、1つの目を共有しているように感じられました。30号という大きさの中で、その大きさ以上に伝わってくるものがありました。
 準グランプリの梁語月さん《雪盲》。とても不思議な絵で興味を持ちました。審査で何人かが口にしていたことは「この絵はもっと大きい画面で見たいよね」。グランプリで悩んだ末の差は、私はそこでした。
 同じく準グランプリの符琳さん《心鏡》。今回は、日本画の画材を用いた応募者がとても多かった中、表現と岩絵具の息がピッタリ合っていて気持ちが良い絵です。
 髙栁基己さん《煙に撒く》。画面に充満する活気とともに漂うやるせなさ。他の作品もみてみたいです。寺井達哉さん《徒然》。静かな画面に宿る時間と、この空気を吸いたいなと思いました。
 現在大学や大学院に在学中の入選者も何人かいらっしゃいます。私は25の時、恩師に「40歳まで描き続けてみなさい、なにか分かるよ」と言われ、40になって思ったことは「まだまだこれからなんだ」でした。そして、いまだに「これからだ」なのです。
 描き続けて下さい。「あの時の、あの絵の人だ!」と出会える日を楽しみにしています。

審査員 選考評
塩谷亮(画家)

力量のある作家の出品が目立ち、選考は接戦

 昨年に続き応募者数は減少したが、2次審査に並ぶ64点の作品群は実に壮観で、思考、技術の伴った力量のある作家が多く出品されたことを嬉しく思った。おのずから入選作の選考は接戦となり、私の推したい作品が票に届かず、残念な思いをすることもしばしばであった。入選の27点を見て回ると、いま各々が感じているリアリティを、確かな造形力で具象表現されていると感じる反面、30号という規定サイズからか、やや画面内の体裁を整えた箱庭的な絵が多い印象も合わせ持った。
 その中でスケールの大きい仕事として注目したのが、グランプリ受賞の井上咲香さん《心の窓》である。昨年の出品作と同様、2人の人間の融合的な表現だが、今回は重なった目の部分に強い求心力があり、人間社会の一断面を自然と想起させられる。平面的な構成の中に豊かなトーンと線描が生々しく、油彩の透明性を生かした薄塗りも効果的だ。
 準グランプリの符琳さん《心鏡》は一見して爽やかで心地よい作品である。池に映り込む白鷺の解釈は様々であろうが、古来、縁起の良い伝説が多いことから、ポジティブで明朗な作品と受け取った。同じく準グランプリの梁語月さん《雪盲》は、涙を流す若者を、センスの良い白黒の構成でまとめた作品。背景は装飾的だが、細部のかたちに魅力がある。サイズが小さかったことが惜しまれる。
 奨励賞の3名について。
 關加奈子さん《この苦しみを吸い上げてくれる蝶々の口吻》は、鶏頭や菊、百合といった有機的なかたちと人体のイメージをややグロテスクに表現しながら、画題通りカタルシスへと誘われる感覚がある。
 曹テイテイさん《初めまして》。浴場のシーンを様々な要素によって絵画的に構築している。100号以上の大作にもできる構図だが、15号に盛り込んだ点が面白いともいえる。
 中村文俊さん《と或るたからもの》は、カーテンが劇場の緞帳のような効果を生み、丸いスポットライティングと相まって、ペンギンたちが紡ぐ物語を鑑賞者それぞれが幻想することができる。
 その他、何信宏さん《動物園》は、幼児が描いた動物園の絵と、写実的に描かれた張りぼての景観を対比させ、見立て構造の絵画として注目した。寺井達哉さん《徒然》は、微妙な光や空気を抽出し、日常的な景色ながら、作者の感動が伝わってくる作品である。
 これにて、3年にわたる審査の任務を終えた。重責とはいえ、新鮮な作品に出合えると胸が躍るような気持ちになる。自身を顧みる機会ともなり、有難い時間であった。

審査員 選考評
岩田壮平(日本画家)

世界観の構築に見応え

 私にとって、デビュー展の3回目の審査である。審査員を務めさせて頂くのはこれでお仕舞いにあたるわけで、だいぶ感慨深いものであった。作品を審査するということは、我々がまた、出品者や鑑賞者からその鑑識眼を審査されることに他ならない。やはりいつもと同じくとても緊張をした。応募されたたくさんの作品を拝見しながら、ときに各々の世界を遊び楽しむも、次第に選別されてゆく作品のその向こうに在る作者と悦びや哀しみを共有する。私自身が作家であり審査される側の経験を持つので、選に入落や受賞の悦びや哀しみが解る。審査員を務めるということはこの心の遣り取りに心身ともに疲れ果てるものだ。
 グランプリ・井上咲香さんの作品《心の窓》は、子供とも大人ともつかない、性別さえも定かではない2人の人物。2人は隻眼を共有し、こちらを凝視する。〝こちら〞とは世間。この目は我々自身が世間を見つめたときの共感の眼差しである。世間に在る真実とは実に恥ずかしいことばかりと我々は思うのである。ただ、その〝世間〞とは=我々のこと。我々は、〝恥ずかしい大人〞だということを思い知らされる。
 準グランプリ・梁語月さんの作品《雪盲》は、絹本による日本画の作品である。今回の全ての作品の中で極めて寸法が小さな作品である。ただ小さな作品であるにもかかわらず、画面より醸し出る不思議さは、他の作品と比べて圧倒的であった。不思議さとは言葉では表現し尽くせない言葉のその先に在るもの。絵画に不可欠な要素である。絹本特有のしっとりとした絵肌が艶かしく、描かれた人物像とその周りに施された装飾は、この作品に妖しさの魅力を漂わせる。
 もう一人の準グランプリ・符琳さんの作品《心鏡》は、これもまた日本画の作品である。白から画面中央に向かってしだいになる青いグラデーションは清潔感のある画面を作り出している。この作品が纏う穢れのないノスタルジックな世界観。観る我々を直ぐに感傷的にさせてしまう強かさがある。この〝強かさ〞をどの様に捉えるか、我々は試されている様に思う。
 奨励賞を受賞された、關加奈子さん《この苦しみを吸い上げてくれる蝶々の口吻》、曹テイテイさん《初めまして》、中村文俊さん《と或るたからもの》、どの作品も其々に世界観の構築が見事である。
 他、入選作の中に魅力を感じた作家は、失礼ながら作品名を割愛させて頂くが、古山由樹さん、谷井里咲さん、手塚葉子さん、平野瞳さん、森紗貴さんを私は挙げる。
 何れ入選作品展が開かれるのだが、鑑賞者の方に願うのは、作家の意図や言葉の巧みさを先に求めるよりも、鑑賞者自らの人生を経た目で先ずは想像をし、其々の作品の中で自らだけの心の世界に遊んで頂きたい。そして、デビュー間もない頃にある、其々の作家にある作画の悦びを、その匂いと鮮度を感じて頂きたいと願う。

美術新人賞デビュー2024
入選作品展

会期 2024年3月11日(月)~3月16日(土)
11:00~18:30 ※最終日は16:00まで

※開廊時間は変更になる場合があります。

〈第1会場〉
泰明画廊
東京都中央区銀座7-3-5 ヒューリックG7ビル1F

グランプリ 井上咲香
奨励賞 關 加奈子
奨励賞 曹 テイテイ

阿久根瑠聖/笠原彰人/かや/簡 維宏
古山由樹/白岩 溪/谷井里咲/中村龍二
平野 瞳/松原怜之/三浦良多

〈第2会場〉
ギャラリー和田
東京都中央区銀座1-8-8 三神ALビル1F

準グランプリ 符 琳
準グランプリ 梁 語月
奨励賞 中村文俊

岡本 望/木下怜奈/髙栁基己/張 兆揚
手塚葉子/寺井達哉/戸田創史/何 信宏
前島愛由/森 紗貴



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