えっちゃんの中国美大留学日記 第69回ドイツ編「イタリアの旅 2日目 ベネチアビエンナーレ2017へ!」
1日目の嵐は晴れ、ようやく思い描いていたベネチアが姿を見せてくれました。ベネチアビエンナーレを見るべく、朝早くから会場へ!
企画展「Viva Arte Viva」
まずベネチアビエンナーレの建物に入ると「Viva Arte Viva」と題した展示がはじまる。
ポンピドゥーセンターのチーフキュレーターであるフランス人キュレーターのクリスティーヌ・マセル。「Viva Arte Viva」とは芸術万歳と言う意味である。
展覧会会場に入ると小節がいくつかあり、「アーティストと本のパビリオン」、「地球/世界のパビリオン」、「伝統のパビリオン」、「色のパビリオン」など展覧会全体を8つに区切っている。作品自体がそのタイトルどおりにあらわしていているのが多く驚く。非常に善良的というか、楽観的なハッピーな展覧会、まさに芸術万歳というようなわかりやすいハッピーさを感じる。世界のベネチアビエンナーレがこのようなのは他に何か意図があるのではないかと考えてしまった。

「地球のパビリオン」
日本からは島袋、PLAY,田中功起などがいる。

リーミンウェイの作品

島袋の作品
作家がMac Bookをけずる過程はとても滑稽でもあり、同時に現在の私達の生活を再考せざるおえないような気がした

田中功起の作品「Of Walking in Unknown」
作家の家である京都から福井県の原子力発電所までの道のりを作家自身が歩き、時に者を拾う。この行為を記録した映像は観客からは共感できる部分が少なく、以前彼の作品で多く用いられた協働性が感じられなかった。

中国作家HaoLiangの作品、彼の作品は現在ポンピドゥーセンターでも一部展示されている。

オラファー・エリアソンによる作品「グリーンライト アーティストワークショップ」
このプロジェクトは「歓迎のためのプロジェクト」ともいわれ、移民、難民、亡命希望者を中心に誰もが参加でき、一緒にエリアソンデザインのランプを組み立てるワークショップ。それに関する映像も上映される。その場で完成した作品は購入することもでき、難民支援に寄付される。
緑色でなんとなくチープに感じてしまうのは私だけだろうか。このワークショップをアートとよんでいいのか、難民や移民をさらしものにするような感じがして、もっといい方法があったのではないかと思った。
中国館のキュレーターは邱志杰
キュレーターの邱志杰は私の所属する中央美術学院実験芸術学院の院長でもある。中国パビリオンでは中国の伝統的な皮影や織物、刺繍の要素が目立った。

イタリア館のRoberto Cuoghi「Imitation of Christ」
イタリア館はまさしくヨーロッパの文化の根源、キリスト教を大胆に使った作品だった。半透明な温室のような空間、そのそれぞれにはイエスキリストを模したような人型の彫刻が置かれている。見た瞬間残虐性と怖さを感じる。
無限に沈んでいくような空間。圧倒的なスケールだった。
最優秀作家賞はドイツ人、最優秀金獅子賞はドイツ館
忘れてはいけないのが受賞作品。今年は最優秀作家賞はドイツ人のフランツ・エンハルト・ヴォルター、最優秀金獅子賞もドイツ館のアンネ・イヌホフとドイツざんまい。そして私は現在ドイツのZKMに留学しているのでとても縁を感じました。
作家賞を受賞したエンハルト・ヴォルターは77歳のコンセプチュアルアーティストである。今回展示してあるのも彼あ1980年代に制作した作品であり、当時観覧者が参加できる作品としては画期的だった。
ドイツ館のキュレーターはカッセルのフリデリチアヌム美術館のSusanePfeffer館長がキュレーターである。アーティストのアンネ・イムホフは39歳、「ファウスト」の作品はガラスのによって2層に分けられた白いパビリオン。何もないと思うと、数人の人が不思議に動き出す、かれらはここでパフォーマンスをするダンサーなのである。受賞したこともあり、会場は人であふれていた。生身の人間がゆっくり時に気味悪く動くのを見るのはすごく新鮮だった。外には2匹のドーベルマンが檻に入ってはなしがいにされている。パビリオンにいるスタッフにきくと、ドーベルマンはをドイツ人をあらわしているらしい。またはドーベルマンときくとドイツを思い浮かべる特別な犬らしく、この作品のコンセプトは、いかに現在の社会を考えるのか、権力、資本主義、それは明確な批判ではないが、ある種の問題提起と話す。

エンハルト・ヴォルターの作品「Wall formation」

人であふれれる金獅子賞を受賞したドイツ館
日本館は鷲田めるろのキュレーション岩崎貴宏の「Turned Upside Down, It’s a forest」

体験型で、下から作品を覗くことができる。
金沢21世紀美術館のキュレーターでもある鷲田めるろによるキュレーション。これらの作品はぱっとみると日常的なタオルや本、プラスチックのゴミなどだが、よく見てみると、実はタオルの糸を引き出して小さな鉄塔が作られていたり、繊細な立体作品が日常のものをとたんに山や海に変化させる。これらは「見立て」の手法を使っている。作品のモチーフは海に浮かぶいくつ島神社、瀬戸内海沿いの化学工場、海上のオイルリグなど、日本の海沿いの建築物など。ふと2011年の東日本大震災と原子力発電所の事故を彷彿させるような展示となっている。
それぞれのパビリオンにはそれぞれの国のアートに対するテイストも明瞭に出ているなと感じる。特に日本館では工芸的な部分や「美」としてのアートを感じた。
全てを終えてみえてきたもの
ビエンナーレの会場を出ると夕焼けだった。濃い藍色の中、オレンジが水平線上に燃えてなんと美しいんだと思った。こんな自然の地球のエネルギーを見ると、ベネチアビエンナーレとはなんだったんだろう、アートってなんだろう、アーティストとは何かと考えた。考えても答えはでないけれども、でもこの沈黙の海を前にして言葉は出なくてもいいんだと思った。
ただ自分のこの道を真摯にまっすぐ進もうと決心し、私は歩き始める。