えっちゃんの中国美大日記 第41回「中国美術界の仕掛け人 第11弾:絵画の本質に挑戦、評価された現代アーティスト:劉小東」

えっちゃん5
dotline

中国美術界の仕掛け人 第11弾:絵画の本質に挑戦、評価された現代アーティスト:劉小東


劉小東(Liu Xiao Dong)
1963年生まれ 中央美術学院油絵科第三工作室卒業後、大学にて現在教授、博士指導。1990年中国独立電影運動に参加。2006年企画した映像「三峡好人」でイタリア第63回ベネチアフィルムフェスティバルにて金獅賞を受賞。同時に油絵作品はオークションで高値を出すなど、国際的に評価されている。

劉小東は中国でアートに興味がある人なら一度は名前を聞いたことのある画家。オークションにて中国のコンテンポラリー油絵の値段を更新し続け、2014年には「违章」が6629万香港ドルにて取引される。中国のコンテンポラリー油絵の開拓的存在であり、インスタレーションが多い現代アートにて、油絵の方法にて現代アートに挑戦、国際的に認められた画家である。また彼の描いた「三峡好人」は中国の映画監督贾樟柯にも影響を与え、同名の映画を作っている。

展覧会会場内にて 新作の前で

展覧会会場内にて 新作の前で

学校の授業と創作の両立

江上:先生は日本にはよく行かれるのですか。
劉小東:2007年に日本の横浜で展示を行いました。「女体盛ペインティング」プロジェクです。もちろんヌードは室内で描きました、屋外ですと近所の方に通報されてしまいますからね。(笑)

江上:そうですね。先生は写実画家ですとか、現実主義といわれますが、私は先生は他の写実画家とは大きな違いがあると思います。当時の写実には決まりきった構図と題材があり、理想化されたリアルがあります。しかし先生は身近なところから題材を選んでいます。人間の本能的題材から作品を描いていますが、先生は中央美術学院付属高校出身のころから成績優秀で大学に入っていますが、先生は学校では話を聞く生徒でしたか?

劉小東:そうですね(笑)私は授業ではひとつのスタイル、放課後はひとつのスタイルというタイプでした。授業中はできるだけ好く描こうと思いますし、自分の創作は実験的なものから抽象的なものもあります。大学では授業中は写実でなければいけないので、筋肉の比率から深く追求して写実を描いていました。

江上:先生のようにみなさん、放課後身の回りの人を描いていたのですか。

劉小東:いえ、大学時代は実は身の回りの友達を描くのはそんなに多くありませんでした。というのも、海外の潮流に影響され抽象画を描く人が多かったです。卒業間じかで、授業で描くモデルに飽き飽きしてしまい、まわりの人を描くようになりました。よく自画像や喻红を描きました。喻红(のちの奥さんで、現在同じく中央美術学院の油絵科教授)の肖像はもちろん彼女にプレゼントするためでした。それと映画を作る人とよく遊んでました。

江上:私もよく授業と創作の矛盾するところに悩んだりします。

劉小東:教育には基準がないと教えられませんからね。写実には基準があるんです、まずは似ていて、深く追求すること。その上で描き方がやわらかい人や硬い人、コンセプチュアルな人と感情的な人それぞれ分かれます。私は当時セザンヌ、デューラー、ピカソ、ムンクがすきでした。デクーニングも好きでそれに授業の選択に水墨画の科目があり、私はそこで筆による写意的な線が好きでした。モランディやピカソの線と共通する部分です。

最初の個展で完売

江上:実際先生の近作は線の部分が多い気がします。先生は1990年のときに最初の個展を開きましたね。とてもよく売れたそうですが、そのときはきっと誘惑がありますね。実際成功したものはそれを繰り返すこともできますが。先生はそのとき次の創作に向けてどのような考えがありましたか。

劉小東:あの時代では多くの人が作品と売買は関係なかったし、みんな芸術品が売れると思ってなかった。そのときにある人が展覧会の作品をすべて買うといったときは私はとてもびっくりしたし、うれしいのと逆に警戒心が高まった。私はやはり考えのある芸術本来のものがすきです。その後、色がきれいで、美しいものを描いてほしいという要求がいくらかありました。そのときに逆に売りづらい目の前にある汚いものを描こうと思いました。そのような絵を家に飾りたい人なんていませんからね、私は作品が中産階級の家に飾る装飾品になってほしくなかったのです。

会場で作品について話してくださいました。

会場で作品について話してくださいました。

抽象画流行の中で写実―社会の真実

江上:先生は作品を売ってそのような考えが生じたのですね。当時90年代といいましたら、ドイツ表現主義やアメリカ抽象絵画、多くの人が海外へ留学するほどでした。そこでなぜ先生は写実で写生の方法を選んだのですか。

劉小東:これは国の事情と関係するかもしれません。中国では政治言論まで真実のものが少なく、多くが覆い隠されています。ですので真実を描きたいのです、何を持って真実といえるのか。だからそこで抽象や表現主義になると、目の前にある現実をなくしてしまうのです。社会の真実をみなさんに提供したい。表現にいくと個人の感情が強くなるので、重要なのはこれがどのような社会なのか、向き合わなくてはいけません。みなさんに社会が一体どうなっているのか伝えることです。
この点において、アメリカの抽象主義は誇張しすぎです。中国社会と何の関係もありません。わたしにとってこれはそのような自由的社会の芸術形式で中国は違いますから、このような社会においてどのような芸術が生まれるのか。私は考えていました。簡単にはいえなくて、中国には日本式の芸術家はでませんし、日本も然りです。社会と人間関係などなどいろんな要素がありますから、中国の混乱した社会では何が独特なのか。アメリカと違うのか。

江上:西洋一辺倒に反感を抱いていましたか。

劉小東:大学生時代はすきでしたよ。そのスタイルの作品も描きました。でも卒業後社会に入ったとき、急にそれは生活は美術史よりももっと大事だと気づきました。

会場内

会場内

現場のよさ

江上:先生は社会の真実を提現す一方で、本能的な観察を感じます。しかし他の人がそうであるように、写真をとるのではなく、わざわざ現地で描くのはなぜですか。

劉小東:技術的にいえば、現場は色が豊富ですね。写真ばかりだと自分の色彩になってしまいます。そしてアーティストにとって現場はとても大事なのです。現場には一定の客観性がありますから、私は客観性と主観性の両方くみたてることで、私の作品は豊富になるのです。アメリカやキューバでも彼らを描くのは近所の人を描くような気持ちです。アーティストが果物を描くように、私はこれを社会に応用しました。セザンヌも果物を描いていましたよね。わたしはそれのグローバル化です。

江上:自画像は写真ですよね。

劉小東:もちろん、それと馬は動いてしまうので、写真と現場両方見て描きます。私は時にこれは駄目というこだわりはないので、世界の何でも参考になると思っているし、自分の芸術表現に意義があれば自分を絶えず開いているようにしています。

自分と違う分野から啓発

江上:では先生はコンテンポラリーダンスやパフォーマンス、メディアアートにも興味がありますか。

劉小東:時間がないのでそんなに見る機会はありませんが、手法に古いも新しいもないと思います。現在メディアアートも作っている途中ですが、やはり絵画がわたしの主要道具であることはわかっています。
最終的にアートはつながるのです。それぞれの芸術発展はもう一種の芸術の発展によってヒントをもらいます。知らない分野人といるから活力がもらえる。それにあなたのように社会や日本をはなれることで、もう一度日本のことをわかりますね。日本芸術家の村上隆の本を中国で出版する際私は序言を書きました。彼の制作方法は好きではないですが、敵であり先生でもあります。彼の作品をみることで私の作品がわかります。
江上:先生の敵はほかにいますか
劉小東:アンディーウォーホルなどたくさんですよ。

映画界にも影響

江上:先生は「三峡好人」でイタリア第63回ベネチアフィルムフェスティバルにて金獅賞をとりましたね。ほかにも「東」など、絵画の制作過程をフィルムにしたのは偶然ですか。

劉小東:意識してとりました。あのような大作を描くとき記録映像ができたら、他の人の生活も記録できると考えました。私は2枚の作品が描きたくて行ったわけではないのです。行くことで、あなたの政治立場を代替していくわけだから、社会の変革や不平を客観、かつ疑問の角度で社会をみること。批判したり、賛美するのではなく、ただ客観性を保つことがアーティストには大事なのです。

江上:当時は時代を賛美する作品がおおかったです。先生の映像もおおきなインスタレーションのようでした。90年代から映画運動に参加していますが、なぜ映像に強く引かれるのですか。

劉小東:映像は全方位でその人の生活を解釈できるから。情景や物語 、音を含み、食以外の五感は全て混ざっています。

展覧会場にて

展覧会場にて

描く対象は友達から社会の人々へ

江上:先生は94年から身近な人を描く題材から社会問題に転換しています。でもそこで登場する人々は生き生きと、血肉のあるやはり個人を感じさせます。それは当時アメリカへ行った経験からきていますか。

劉小東:すこし影響はありますね。アメリカの画集をみて彼らの成長した環境を目の当たりにしたとき、中国の社会ならどのようなアートが生まれるのか。私が帰国してから芸術は徐々に商業化、商品化していきました。そこで身の回りの友達をモデルにして描くのが申し訳なく感じ、社会人を描くようになりました。商業化はますますひどくなり、作品を売らないと展示スペースをもらえない状況でした。すべてのものが商品になりうる風潮のとき、同時に私の作品がちょうど高値で売れ始まるとき、私は2006年画廊にて壁に絵を描いて、展示後に塗りつぶしてしまうパフォーマンスをしました。

どの社会問題を選ぶ??

江上:中国には社会問題がたくさんありますが、先生はどのような基準と場所と題材を選んでいますか。

劉小東:一言で言い切れない場所です。宗教や貧富、民族の問題、都市化の問題、故郷を失うこと。ひとつの価値観では判断できません。たとえば都市化には反対ですが、現地の住民は都市化を望んでいます。都市化すれば、家は高く売れるし、便利な生活ができるからです。しかし、その未来を考えていないのです。現地の大衆から官寮までみんな、都市化、そしてお金が欲しい、よい生活をおくりたい矛盾があります。芸術家にとってはほかの角度で思考しなくてはいけませんね。中国の都市にはすべてあわせると34億人の人が住むことができるそうです。現在は14億ですから、どれほどの中国のビルとコンクリートが多く使われたのか。耕地や水田の自然環境を悪くしてまで、アーティストも考えなくてはいけません。作品を売って生活がどうのこうのと考えているだけでは駄目です。状況の複雑で矛盾したところに惹かれます。

新作「空城計」(内モンゴルのゴーストタウン)

江上:先生の今回の展覧会「空城計」では内モンゴルの都市化そして人がいない状況を表しています。実際私はこの作品を見たとき非常に共鳴しました。というのも中学のとき6年前、日本の朝のニュースでちょうどモンゴルのゴーストタウンを紹介していて、記憶に鮮明に残っていたからです。その問題は6年間ずっとあったわけですけど、なぜ先生は6年たった今、この題材を選びましたか。

劉小東:それがいまだに問題だからです。それと事件が発生後、すぐにいくのはメディアですよね。私は第一線でその現場に行く必要はないので、芸術家というのは、メディアと思想家の間にいると思っています。世界がどうなっているのか、アーティストは反映しなくてはいけませんが、それがいつ反映するのかは第一声がいいとは限らない。事件の背景にあることを知らないと、芸術は心をゆさぶられるような刺激があって、そしてどうしても避けられないというときに作品になります。私はみなさんがこの問題を忘れそうなときにもう一度現場にいきます。

江上:再考するということですね。この場所は実際は少し怖いですが、先生の作品にはなぜか幻想的な雰囲気が漂い、その場所がとても素敵な場所であるという錯覚に陥ります。画面も先生の以前の作品と違う部分が多いと思います。先生は何を表現したいのですか。

劉小東:これは私の生活と関係しています。そこで一定期間生活をしましたが、私はその都市が個人的にとても好きです。人も少ないし、法律も守る、そしてとても清潔です。タバコひとつでも道端に棄てる人などいません。車も必ず人を優先しますし、文明的です。ここでの生活は好きですが、それは悩みもあります。なぜなら100万人住める都市に2万人しか住んでいないのです、その代償はとても大きいもので、誰が払うのか。私は美しい景色を描くのと同時にとても鬱になりました。

江上:それは矛盾ですね。

劉小東:私は常に物事の背後にある悩みに向き合っています。

左は奥様の喻红で中央美術学院油絵科の教授、右は劉小東

左は奥様の喻红で中央美術学院油絵科の教授、右は劉小東

数少ないアカデミズムの現代アーティストとして

江上:なるほど。実際先生は中国現代アーティストの中の重要なアーティストですが当初多くのアーティストは在野的または海外にいました。例えば、徐冰、蔡国强、 方力钧、彼らはインスタレーションなどをしています。先生は付属高校そして中央美術学院の教授ですから、アカデミズムの中のアカデミズム(学院派)なので、中国政府の保護範囲内(体制内)といっても過言ではありません。先生は反伝統でも、反体制でもないですが、そのような問題に対してどのようにご考えですか。

劉小東:私はそのように簡単に人を区分するのが好きではありません。アカデミズムでもそれは簡単な判断です。私は実際作品で養うこともできるので、大学職を辞めることもできます。しかし、本当の芸術家はそのようなことは目にいれないでしょう。ある学校で生活することと、芸術圏内で生活することで、あなたの本質を確定することはありません。よいアーティストはそれらを超越します。私は一生を通してそうではないことを証明しています。体制内と現代アーティストが両立できないというなら、私がなってみせましょう。

江上:アカデミズム(学院派)というのも中国独特な言い方です。では徐冰、蔡国强、 方力钧、の共通点と異なる点は何処にあると思いますか。 

劉小東: 徐冰は海外にいましたが、副院長になりました。方力钧も現在は国家画院の主任をなしています。ですので中国では簡単に区分することはできません。社会ももっと長い時間彼らを観察する必要があります。

今の現代アート

江上:では現在の現代アートをどのように見ますか。

劉小東:多元化した若い世代が出てきます。現在若い人はみんな卒業後独立アーティストになりたがりますが、商業化した世の中で自分の理想を維持することは大変なことです。現在の子供は都市の中で育ち他の人と同じ、特に変化はありません。そのように変化がない環境の中で、自分の内容を見つけることは難しいです。芸術は自己と関連しなくてはいけません。アメリカと日本のように、この社会のなかに統治化されて個性や独特な見解をもつことは難しいです。私にとっては日本と韓国の現代アートの差は見分けられません。今の若い人のいいところは情報があふれているところです。

アトリエにてインタビュー

アトリエにてインタビュー

写実の未来は?

江上:写実の未来はどこにありますか。

劉小東:中国絵画と写実はどんどん少なくなります。これは世界の傾向と同じです。ですが、少ないこといってもいいものは残るわけです。一番よい絵画しか生き残れません。そして発言権と影響力があり、競争力、巨大な精神力がなくてはいけなせん。絵画をしているからといって、ほかのメディアを避けては失敗です。この世界ではいかに効益があり注目され、影響力があるかが大事なのですから。

江上:芸術界はとてもタフな世界ですね。やる気がおきます。ありがとうございました。


林冠芸術基金会
劉小東「空城計」展
会場:林冠芸術基金会 北京
会期:2015.9.12-10.18

2015110113