えっちゃんの中国美大日記 第36回「中国美術界の仕掛け人第9弾:写実と中国美術史の意外なつながり!? 杨飞云インタビュー」

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杨飞云は写実画派の主要メンバーの一人(写実画派についてはえっちゃんの中国美大日記第17回に掲載されています。)で、昨年に中国美術館で写実画派10周年展で冷軍の紹介で知り合いに。杨飞云の妻を描いた代表作は美術界で知らない人はいません。今回のインタビューでは「西洋発祥の油絵が東洋人にとってどういうことなのか」から絵画の未来へ伺います。

杨飞云
1954年生まれ。画家でありながら、中国藝術研究院中国油画院の院長を務める。中国美術家協会理事、中国油画学会理事、北京油画学会副主席。

杨飞云のアトリエにて、インタビュー最中。左は杨飞云、右は筆者

杨飞云のアトリエにて、インタビュー最中。左は杨飞云、右は筆者

写実画の軌跡―西洋油画にある神性と人性
江上:先日先生の「啓示の奥秘」という文章を読みました。文章で古典油絵を尊敬されているとおっしゃっていますよね。先生の画集で初期の作品に古典絵画の模写があったように、先生にとって古典絵画は特別な存在のようです。

杨飞云:中国の油画は徐悲鴻から始まっています。旧ソ連の教育体系です。この体系自身に現代も伝統もありません。みんなギリシャ以来の系統で藝術家を育てて、絵画の原理、本質的系統を研究しています。中国の系統の初期はフランス、ヨーロッパからの影響で、後に旧ソ連、徐々に自分の系統を設立してゆきます。わたしたちはまず絵画の研究からはじまります。当時私の小さい頃はみんな写実で、文革後の創作体系は写実の現実主義でした。私が入学後には、もう改革開放後だったので、当時は美術史を学び、現実主義への研究は当時多かったのです。学部生だったときに、ルネサンスが西洋絵画の中で一番偉大なのではないかと発見しました。そして古典に興味を持ちました。
 レンブラント、ベラスケス、クールベ、ドラクロワ、印象派までの中でやはりルネサンスが一番好きです。当時は現代を研究する人と、逆に古典を研究する人に分かれていました。ルネサンスの非常に具体的で写実的な透視、質感、解剖学の徹底さはわたしにとってはある種の魅力で、それは非常に形而上であり、超然的な一種の神性を秘めています。この二点において、ルネサンス後の絵画というのは写実であっても、その背後にある神性は少し抽象的ではないかと感じました。

代表作《蓦然》1891年作

代表作《蓦然》1991年作

ルネサンス以降は神性からアガペーへ
江上:でもルネサンスは人間性の解放ですよね。それでもルネサンス期の「神性」なのですか。

杨飞云:二点あります。キリスト教の神性と人間性です。イエスと高度の結合をしています。ルネサンスには人を感動させるものがあるし、人と神性を近づけるものでもあります。これがわたしにとってはとても魅力的で、その後は神性は人間性に変化して、大衆へのアガペー精神に変わってゆきます。
たとえば、19世紀後の着眼点は人間性の深い発掘にあてられています。今ではもちろん私は聖母や聖書の内容の絵は描きませんが、たとえばミレーやレンブラントに見られるような、特にミレーは素朴な絵を描きますが、依然とそれには神性な部分があります。神を表現せずに、人の身体から高貴さ、アガペー精神を見出すことができます。レンブラントは晩年作品、ゴッホやセザンヌの作品にもそれが反映されています。わたしの写実画への関心もここから来ています。絵画の本質的規律と法則、原理というのは、あなたが必ず掌握しなくてはいけない問題です。どのように造型を的確に表現するのか、絵画の原理はどこからくるのか。それを発掘しながら研究します。この高さというのが大事で、教科書でいう私の作品の過程よりよっぽど大事なのです。

《荷花屏风》1995年作

《荷花屏风》1995年作

毎年必ずスケッチへ!―写生というこだわり
江上:先生の制作過程は?

杨飞云:私のモットーは写真をつかわない、必ず写生ということです。もちろん他の人が写真を使うのも一種の方法ですが、私は写生を通して個人の観察の角度で藝術の追求をどこまでできるか、と考え続けているのです。

江上:先生は2010年に「写生」をテーマに展覧会をしましたよね。なぜそれほど、「写生」にこだわるのですか。

杨飞云:写生は西洋画藝術の必ず通る道です。写生がなければ油絵はないといっても過言ではないでしょう。でも現在は多くの人が写生をしません。写真に頼ってしまいますからね。もちろん創作に写真を使ってもかまいませんよ。でも創作の源泉となるものは写生です。源流に戻ることを強調しているのです。携帯で写した写真ではわたしたちがいう「藝術」は創造できません。だからその年の展覧会は以下の2点を必ず厳守しています。ひとつは毎年原作を見、特別展をみて、模写をする。そして毎年スケッチ旅行で写生する。とくにスケッチ旅行では西北、中原、黄河領域は重要な部分です。まずは師古人(古人に学び)、そして師自然(自然をみて写生する)それに加えて、同世代の交流、わたしの制作方法はずっとその方法です。

江上:先生はずっと奥様を描いていますけれど最近は農民も描くようになっていますね。

杨飞云:17歳前はずっと農村にいました。というのも祖父と祖母は山西の地元の農民でしたから。小さい頃からの情でしょうか。ずっと妻を描いていたわけではありませんよ(笑)ほかの作品ももちろん描いていましたが、なぜか妻の絵を描くと賞をとって代表作になる。それは社会が私にくれる自信です。それも規律の一部なのですが、不思議なことに。当時恋愛をしていて、彼女を描くとすぐ評価されたのは、自分が一番インスピレーションをもらえるひと、好きな人を描くのは藝術の本質で、内面的な一種の情感です。藝術の技術には必ず情感を魂にしなくてはいけません。関心のあるものを表現するわけですから。美しいからではないのです。

《19歳》1988年

《19歳》1988年

油絵とキリスト教の密接な関係性
江上:先生の作品に先生の子供を描いた「洗」は洗礼を思い浮かべますし、十字架のネックレスをかけた女性像はよく見るのですが、先生はキリスト教徒なのですか?

杨飞云:信仰はありますが、ある団体に属しているわけではありませんよ。油絵を勉強するとわかることは、古典油絵には2つの部分があるのです。ひとつは古代ギリシャの、もうひとつはヘブライ精神です。ヘブライ精神というのはキリスト教ですからね。ミレーは「すべての油絵はヘブライ精神なくしては偉大になれない」と話しています。ミレーの作品にはキリスト精神が感じられます、彼の描く祈祷は特にそうですよね。バッハも藝術の価値は神の栄光への賛美と心の歓愉意外にはほとんどないと話しています。
 だから信仰というのは聖典とも関連します。ジョット、フランチェスカ、ラファエル、最後の晩餐、デヴィット、すべて聖典の物語なり魂をあらわしています。なので私は海外で美術館以外に教会にいくようにしています。キリスト教というのは西洋文化の深いところにあるんです。キリスト教の発祥の地は意外と西洋ではなく、比較的東洋に近いところというのもありますから。

東洋はいかに 油画:西洋文明 を受けれたか。
江上:確かに西洋文化の根底にあるのはキリスト教の影響というのはすごく実感しますね。油絵は西洋発祥ですけれど、西洋美術と東洋美術の関係性を今考えなくてはいけないと思うのですよね。

杨飞云:それはすごくいい質問です。油絵は西洋人が発明したものです。油絵は材料だけではく、近現代の油絵とあわさっています。私の信仰の根源は油画の聖典です。わたしは17歳まで農村にいましたけれど、農村というのは中国の古い文化をとてもよき保存しているのです。父は教師だったので、伝統的な影響を小さい頃からうけています。油絵は油という材料を使って油絵になったのではなく、近現代という11世紀、12世紀にジョットから始まり、中世期以降の西洋近現代の文明として、油画の近現代文明は西洋文化を形成したのです。
 なので油絵が中国に伝来したととき、その技術を学ぶだけでなく、その文化に魅了されたのです。しかし中国には6000年の文明の歴史があります。特に絵画の歴史は日本国含めアジアは強い。何代にも及ぶ蓄積があるので水墨と油絵は対抗したり、融合したりの過程がありました。しかし私たちの時代では、もっと西洋歴史上の高さに達するためにずっと学習し続ける必要があります。前の世代が研究できなかったことをわたしたちが古典主義なり現実主義なり研究する必要があります。学ぶ上で、私たちは中国のモデル、中国の景色、中国の審美観で描いています。

時代と遺伝子:中国油絵家の期は熟した!

江上:現在の若い世代の人は、グローバル化に立ち向かっています。

杨飞云:まさにそうです。国際化と文化の一体化は人類の方向です。ネット世界の一体化、世界のSNSはこの世界に接触しないことを可能としません。アフリカの現代化とアジアの現代化はもちろん違うだろうし、欧米人と同じでは意義がありません。文化は個人のことでなく、民族のものです。だから一歩一歩形成していく必要があります。地域性と国際化はある種の矛盾です。中国は分革前はあまりにも閉鎖的で、解放後はあまりにも開放的で西洋風潮の時代がありました。しかし現在はそれらの時代も過ぎ、この世界に対して平等に見ることが可能な、それぞれの文化を平等に見て自己のテーマにあう今のテーマを見つけることができる。なので未来は中国絵画にとってとてもよい時期になると考えています。中国は西洋と違って「絵画は死んだ」なんてことにはなりませんからね。
それと東洋人にとって、特に中国人にとっては絵画上で比較的悟りやすいのではないかと感じています。中国人は舞踊や音楽に比べ絵画で語る文化のほうが長けています。例えばインドは哲学であったり、アフリカは舞踊だったりするかもしれない。中国は絵画ですし、書も絵画と関連があります。西洋の油絵の最高点はなくても、未来中国はきっとそこにたどり着くことができると信じています。というのも、中国は画家がとてつもなく多いですからきっと人類に貢献するでしょう。加えて経済も発展したので、商業絵画やまだ成熟していない時期に、金銭が絵画における影響や、流行からの影響がとても小さくなっていますよね。私が今話していることはとても重要なことです。

江上:それはおもしろい考えですね。油絵を学ぶということは西洋近現代文明を追体験している事かもしれない。では多種多様な絵画でありながら単一ではない、東洋人の油絵を探し出すことは簡単な道のりではなさそうです。

杨飞云:西洋人は絵画においてルネサンスから現在までとても成功の軌跡をたどっています。しかしその栄光は過ぎ去りました。彼らは未来派まで考えましたからね。彼らの発展は哲学から藝術、社会から藝術、そして最終的に東洋から学んでいます。人類間の問題から離れて、東洋の文化、宗教を吸収し、逆に東洋が彼らを変えたのです。日本の浮世絵も印象派の形成になりましたよね。だからずっと東洋の文化にあったのです。
中国は1910年代から開国し、ずっと西洋文化に頼り、吸収してきました。まずは技術から、そして構造、哲学、彼らの文化です。なので中国文化は逆に西洋文化、社会発展を支えてきた面もあると思うのです。早い時期に留学した、もちろん明治維新のときに西洋に赴いた人も含めてです。なので油絵は現在西洋において逆に発展しづらく、中国では発展しやすいのではないかと考えています。なので未来の中国油絵は西洋の油絵とは必ず違うものを生み出し、新しい発展になると思います。

東洋油絵の特徴とは?
江上:具体的にはどう違う発展があると考えますか。

杨飞云:東洋人というのは学習能力が速いのです。なので消化はもう十分だと思います。100年間の間に古典から現代、抽象から写実、たとえば日には日本画や岩彩があるなど絵画の伝統があることはいいことです。油絵は東洋人の気質、文化、「有と無の間」のような気がします。西洋文化でありながら、東洋の土地にたち、根源は東洋でなくてはいけません。特色というのは民族の特徴ですからね、文化と同じです。水墨だけではなく、中国の文化ならまず地域の特色、彼らが関心のもっていること、どのように人と人の関係をみているのか、これが文化です。日本の現代化と西洋の現代化は誰も代替がききません。文化は文を以って人と化けることですからね。
西洋人が絵画をゼロに還元したので、もっと前から学ばなくてはいけません。バルサスはルネサンス以前の、フロイトはレンブラント、セザンヌは古代ギリシャを見ていましたし、ピカソのキュビズムの発想はアフリカからだった。西洋の現代からは逆に東洋の源泉を見出せるのではないでしょうか。私の仕事の重要性は教育から研究まで画院から自己創造まで、この民族の発展に関わっています。

油画院とは?
江上:先生が仕事されている油画院について教えてください。

杨飞云:油画院は二級単位で文化部の下にある機関です。藝術研究院には舞踊から音楽、書道、それぞれの研究所があり、ここは主に油絵の研究で、教育もしています。

江上:油画院は設立8年の間、すごい勢いで成長したのはやはりその重要性が感じられますね。写実画派の設立の経緯は?

杨飞云:実際写実というのはとても広い範囲を指しています。まず当時中国の主流が写実であったのと、もうひとつは市場です。写実というのはとてもわかりやすいのです。

北京にある中国油画院 表には講堂が

北京にある中国油画院 表には講堂が

西洋写実絵画と中国美術史の意外なつながり
江上:当時現代アートの情報が既に十分あった中で、やはり若い世代に写実が多く見られたのには、写実画派の影響力があったのではないでしょうか。

杨飞云:なぜ今の時代において写実画がアツいのでしょうか。ひとつめは中国絵画において写実は宋の時代には少しあっても欠如しているのです。西洋芸術は彫刻含め写真もそうですが、写実的ですよね。中国は兵馬傭、宋代の山水、人物画は写実的ですが、基本的には抽象的なものが多いです。なのでこの欠如は社会の解放後、民族文化の構造上必要不可欠だったのです。
次に抽象の写意画をずっと描いているので、山水のモチーフが多いですよね。中国は以前あまり機械的な写実画を描いていません。ですので写実画の意義というのはこの層面にもあるといえるのではないでしょうか。写真は偉大な写実藝術を代替できません。ルネサンスの偉大なデューラー、ホルベイン、ミケランジェロ、デビットの描く比率、構造、写実の真の部分は、実は中国文化のなかにある「以神伝形」、「可遊可居」、「气韵生动」に近い部分があるのではないかと感じています。核心の含意は同じで、そこに写実的に存在しながら、抽象的な美があることなのです。

江上:西洋伝来の写実と中国美術史は無関係のようで本質的につながりがあったのですね。
今日はありがとうございました。

西洋と東洋はまったく方向が違うと感じやすいけれど、今回インタビューをして、藝術にはそれをつなげるパイプがもしかしたらあるかもしれないと感じた。西洋で発祥した油絵が逆に東洋でここまで発展するのは、なんだか不思議で興味深い。「油絵」というツールがそれ自体ではなく、それ以上の文明を背景に存在していることはどういうことなのか。

また杨飞云が話していたアジアの油絵の未来にも、十分期待どころである。

中国写実画派での展示写真

中国写実画派での展示写真


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