えっちゃんの中国美大日記 第32回「中国美術界の仕掛け人第7弾 范迪安インタビュー」

えっちゃん5
dotline

中国 美術界の仕掛け人第7弾
インタビュー
中国美術発展の最前線に立つ―范迪安
2015.6.7 江上越

今回インタビューする范迪安先生は前中国美術館館長、現在中央美術学院の新学長であり、中国ではとても重要な美術評論家、キュレーターである。6月12,13日に北京、中央美術学院にて世界各国の美術大学学長たちによる「社会を創るための美術教育」論壇も行われ日本の東京藝術大学の学長の宮田亮平先生も出席。藝術が多様化する中、美術教育とはどういうものなのか、生徒のために、社会のために美術大学はどのような役割を果たさなくてはいけないのか、とても重要な学会です。
その学会の前に、主催者である范迪安先生にインタビューをしました。

学長室にて范迪安学長(右)にインタビュー

学長室にて范迪安学長(右)にインタビュー

江上:中央美術学院は最近「社会を創るための美術教育」国際学術研討会をひらき、世界各国の著名な大学の学長と専門家を招きました。なぜ現在このような学術活動を催したのですか?

范迪安:中国高等美術教育は21世紀に入り発展がとても迅速です。主に3つの方面で突出しているといえるでしょう。ひとつめに、中国各美術大学に非常に人気があります。要するに藝術を学ぶ人がどんどん増えていて、例えば中央美術学院の例をとると、毎年全学科で本科生の定員は800人しかいないのですが、2万人ほどの受験生がいて、倍率は25分の一です。競争率がとても高いといえるでしょう。経済発展の過程で社会全体の藝術の需要がどんどん増えているともいえます。例えば中国の都市化はとても速く、都市デザインから建築、それぞれの藝術産業の発展から、デザイン、建築藝術の分野は人材の需要がとても大きい。中国の市場の発展からわかるように芸術の需要はどんどん大きくなるでしょうし、ある種の藝術消費の概念もますます普及していきます。なのでそういう状況は美術大学教育の改革を促します。

第二に、中央美術学院は各分野と学科の発展がとても速いことです。今の段階で私たちは造型藝術、デザイン藝術、建築藝術、藝術人文の4つのおおきな学科に分かれていて、12の専門の学部、学科があります。定員の増加の新形勢のなか、どのように中国社会の需要に適応してゆくのか、私たちは専門の配置と学科の発展をよく考えなくてはいけません。特にグローバル時代の中で私たち美術教育は社会にどのような人材を送る必要があるのか。なのでここ数年、中央美術学院はずっと専門と学科の新しい配置を考えていて、専門の授業と人材育成方法の改革を行いました。例えば現在の政府は複合性のある藝術人材を求めていて、専門の技能知識以外に、同時に総合的な教養と創造性のある考え方、特に新しい分野の専門と創造性のある人材を求めています。

第三に、現在の世界中の藝術教育が同様の問題に直面しています。それは世界全体がどんどん創新駆動に向かって走っていることです。中国の経済構造の調整は新しい産業の発展を促し、特に中国政府の掲げた「万衆創新」の新目標、また「インターネット+」の戦略です。社会の創新という新しい課題の下で、私たちは同業者同士の交流が必要です。そこで「社会を創るための美術教育」国際美術大学の学長論壇を催し、パリ大学のニコラス学長、東京藝術大学の宮田亮平学長、およびドイツの2つの大学の学長、そして中国魯迅美術学院と西安美術学院の2つの美大の学長と一緒に参加し、この論壇を通して、国際上の重要な美術学府がどのようにグローバル化を迎えているのか、特にデジタル技術とインターネットの時代において。今回は本当に貴重な機会で、この交流を通して皆さんの知識を共有し、新しい思惟を生み出すきっかけになることを願っています。

江上:私も今回の論壇はとても貴重な機会であり、とても重要だと感じています。先生のおっしゃっている社会創新サービスと中国政府の掲げた「万衆創新」は一致しています。これは先生が中国美術館で館長を務めていたとき2008年の敦煌展で入場者数が新記録を更新したことを思い出します。その後先生は蔡国強の個展、「アメリカ藝術300年」などの中国美術館では以前まったく類を見ない展覧会を企画しています。特にコンテンポラリーの研究、企画、展示などを強化しました。中国の体制内の機構と国際上のコンテンポラリーアートは大きな差異がありますが、先生は中国の現在の藝術と国際上のコンテンポラリーアートはどのようにつなげていくとお考えですか?

范迪安:この問題は2,3の問題に分けられますね。
中国が21世紀に入り、美術館の時代に突入したのは周知ですね。中国で多くの国公立の美術館が建てられ、政府はますます公共文化サービスの水準向上を重視しています。新しい文化施設の建設を通して、社会の文化教養の向上、民営美術館は更に発展が速いです。中国美術館は中国唯一の国家美術館です。どのように美術館の機能を上手に発揮するのか、私は館長になってからいくつか改善をしました。主に以下の3つの方面です。

ひとつめに「公衆の美術館」という概念です。美術館が公共の文化に浸透するように、長い間、中国では公衆は美術館に頻繁に行くという概念や習慣がありませんでした。美術館というのは美術愛好者や芸術家の行く場所だったのです。わたしは異なる業界、様々な人に美術館を好きになってもらいたい。そのために美術館に多彩で豊富な展覧内容と展示方法を求めました。私が任命されてから展覧会の企画を強めました。今までは中国美術館は比較的受動的に申請した作家の展覧会を開いていて、自分で企画する展示というのは非常に少なかった。なので私は藝術企画部を建て、大型な展覧会を多く企画しました。これによって、中国美術館では異なるテーマ、異なるスタイル、多様なタイプの展示が見れると公衆の間で中国美術館が好きな人が増えました。

2つめに、コンテンポラリーの研究と展示を強めました。以前の多くは伝統的な藝術の展示が多く、中国画や書が主で、コンテンポラリーアートには関心が欠如していた。私自身中国の1980年代後の中国コンテンポラリーアートと一緒に歩いてきたので、中国コンテンポラリーアートはある程度理解していますし、なのでコンテンポラリーアートの多くの個展、グループ展、テーマ展を催し、多くの人にコンテンポラリーアートを理解してもらいたい、中国コンテンポラリーアートの中には価値のある創新が多くあります。コンテンポラリーアートの普及は社会の創新意識向上につながります。

3つめに、世界の重要な美術館、博物館と協力関係を結び、重要な展覧会を開くことです。「アメリカ藝術300年」、「ロシア藝術300年」およびゲルハルト・リヒター展などの大作家の展覧会、平山郁夫の展覧会、中国の蔡国強、展望などの重要な芸術家の展覧会、こうすることで中国の藝術と世界の芸術を一同にみなさんに見てもらい、来場者にもっと目を養って、視野をひろげてもらいたい。もちろん、中国自身にも豊富な伝統芸術があります。でも伝統芸術の展覧会を催すときには、素晴らしい物語を語ることが必要だし、魅力がある展覧会にするようにこころがけています。たとえば2008年の敦煌藝術大展では、私たちは美術館建築全体を敦煌莫高窟のような景観にし、建築、彫刻と壁画の情景を作り、来場者に展覧会で多方位での感受できるような雰囲気を作りました。また「国際ニューメディアトリエンナーレ」も行い、来場者にメディアアートの体験をしてもらい、メディアアートの体験をしました。そして多くの国際的な学術研討会、例えば、アジア美術館館長論壇を6回開き、多くの国際的学術研討会を催しました。それは美術館の審美感受を増加させ。また藝術の話題を増加させ、新しい藝術知識が生まれる土壌を形成しました。なので現在中国美術館の来場者は毎年120万人います。同時に美術館収蔵品の増加に着目し、私の在任期間、1万近くの作品が収蔵されました。多くが20世紀中国の重要な芸術家およびその家族からの国家への寄付が、私たちによって収蔵されました。コレクションが20世紀中国現代美術から現代に至るまでのプロセスを反映することができました。私が知る限り、例えば、日本の国立現代美術館では日本の藝術発展を反映する豊富なコレクションがあります。現在の中国美術館にも初歩的な、現代美術の発展以来のプロセスを建て、見ることのできる中国現代美術史、これは観客にとっても研究者にとってもとても重要です。

江上:2012年に先生が東京国立博物館で中国美術館の収蔵する20世紀中国山水画が1ヶ月展示していたのを覚えています。中国の20世紀藝術について、多くの海外の学者と国内の芸術家にとっても賛否両論の意見があります。先生は20世紀中国美術の特色をどのように客観的にみて、評価しますか。

范迪安:これはとてもいい質問ですね。中国美術の歴史はとても悠久です。その一番の特徴は途切れたことがないこと、何千年もずっとつないできたことです。でも20世紀に入って中国の美術は西洋藝術との衝突に遭いました。20世紀初期多くの中国芸術界の先輩たちがヨーロッパへ藝術を学びに行きました。また東京に、東京美術学校に西洋画を学びに行きました。帰国後、彼らが中国現代の美術教育システムを建設し、非常に面白い美術の動きを作り出しました。しかし20世紀の前半、中国は戦争と激動の時代の中で、美術教育と美術創作は非常に困難でした。1949年後、中央美術学院が代表となり美術教育の正規化、改革開放後、ようやく全面的に発展してきました。

20世紀の中国美術とアジア各国の美術は同様で、みんな自己の現代性があり、自国の現代性と折衷的現代性の組み合わせは特徴的であり、西洋の現代主義の概念を吸収し、また当時の中国の当時の実際状況と結合し、多くの芸術家の作品が20世紀100年間の中国社会の変遷と発展を反映しました。長い間、西洋は中国藝術に関する研究と理解がまだまだ足りません。彼らは中国の藝術が伝統と関係を持ちながら、西洋、そして隣国とも関係があることに気づいてなく、最も価値のあることは中国社会の変化に関することです。しかし、いままで研究が足りなかったのです。この方面では日本は私たちよりも良いです。日本は1970年代から国際上と頻繁に交流を始め、また西洋の藝術研究界との関わりも多いです。なので世界美術史のなかで日本の藝術の紹介は多めで、中国の現代美術の紹介は少ないです。なのでもっと頻繁な交流をし、世界に20世紀以来中国美術と中国社会との密接な関係をみてもらい。また芸術家自身の文化理想、例えば藝術が社会を啓蒙する観点から、藝術が戦争を反映する創作、時代と自分の関係性、これらはすべて重要な現象です。この方面で研究を強化すること、交流を強化することは中国美術が世界においてもっと理解されことにつながります。私の経験では、日本と韓国を含めたアジア藝術の現代性のプロセスと現代性の特徴の討論は世界でまだ足りません。特に西洋は理解していません。また誤解もあり、アジア各国の藝術の研究と世界の対話が必要です。

江上:これは私が潘公凯先生が今日美術館で行った「現代性の伝達と変異:3つのアジアの案例」文献展でアジアの現代美術について話していたことを思い出します。日本の例として東山魁夷、中国からは
潘天寿、インドからは哲学者のタゴールです。日中韓およびアジア各国と一緒にアジア美術研究の強化は重要な課題です。先生は中国20世紀の美術が世界の美術史と中国美術史の脈絡においてどのような重要な地位にあると考えますか?21世紀の美術はどのように伝承するのか?どのように現在のコンテンポラリーアートとつなぎますか?

范迪安:これもとてもいい質問ですね。中国の現代アートは盛んな活気をみせています。特に若い世代の芸術家は非常に強い藝術動力があります。原因は主に中国社会の変革、この変革は社会の方式の変化と社会思想の豊富性をもたらしただけでなく、人と社会の関係性、中国の熱い変化と現実の複雑性が中国現代アートに豊富な題材を提供しています。大きな発展と多くの創造性の結果の中国においてはもちろん、多くの矛盾が存在しています。私たちのみる都市の景観、田舎の景観、人の生活の変化、それによる人間感情の変化、これら全てが中国コンテンポラリーアートに大きなチャンスを与えました。

もう一方で、中国は迅速にグローバル化のプロセスに溶け込み、経済の起伏とグローバル文化の渡り合いは更に激烈です。中央美術学院では現在多くの国際上の教授と芸術家が展示をしてきました。例えばイギリスのデイビット・ホックニー、ドイツのロペズ、最近ですとイギリスのトーマス・ヘザウィック。私たちの大学の多くの先生も海外で講演をしています。中央美術学院は伝統もありコンテンポラリーもある。中国のもあれば、西洋のもある。異なる先生が異なる表現を追求し、写実主義、抽象主義、またコンテンポラリー主義、豊富な生態を形成しています。この時、特別考えなくてはいけないのが「中国現代アートの文化性」と「現代アートの中国方式」この2つの問題です。

わたしは5月にドイツの館長と合同で「中国8」の大型展覧会をドイツのラインルアー区の8つの都市、9つの博物館で同時に120あまりの中国コンテンポラリーアーティストの作品を展示し、これは国外で行う今まで規模が最大の中国コンテンポラリーアートの展示でした。そこでは中国の中国画、彫刻、インスタレーション、映像、書など異なったかたちの作品を展示しました。この展覧会でなにを表現したいのかと記者が聞いたとき、私は「現代アートの中国方式」を展示すると話しました。私が意味するのは、現代アートは世界現象であり、みんな多く共通点があります。しかし、現代アーティストは自分の成長してきた土壌で創作をするべきで、伝統の思考概念表現方式を現代アートの言語に転換する、それで他国と違う現代アートができます。私はよく1950年代の日本の「もの派」藝術の出現はとても魅力的な現象で、西洋の要素を影響したと話します。それは東洋的で日本的伝統概念、東洋人、日本人の物質世界、自然世界に対する独特な観念があるからです。よって、自己の特色で現代アート界にある種の啓発的作用、同様に中国の現代アートがまず自己の生活現実に基いて制作を始め、次に伝統の概念方式を現代の表現に転換、そうしてやっと現代アートに貢献します。

江上:先生は母校に帰り、中央美術学院美術館でで董希文の展示とニューメディアの展示の企画をし、新たな動きを生みだしました。現在先生は学長ですが、中央美術学院の発展と改革のために何か戦略的な構想はありますか?

范迪安:私が中国美術館で働いていたときは、遠い距離から中央美術学院を見ていたといえるでしょう。母校の長い歴史と学術の伝統、同時に存在する問題も見えました。私が母校に帰ってきてから主に2つの問題を同僚と話し合いました。

一つ目に教育の一歩踏み込んだ改革です。生徒にもっと創造の空間を提供すること。私たちは現在教育の専門性が強すぎます。例えばデザインの専門においてグラフィックデザイン、プロダクトデザイン、ファッションデザイン、どれも専門すぎますね。今社会に必要とざれているのは複合的な人材です。もっと新しいプラットフォームをつくり、異なる専門の先生と学術、一緒に考える必要があります。

二つ目に先生と生徒の創作を強化することです。中央美術学院は20世紀から100年余りの発展の過程を経て、多くの重要な芸術家が強い創造意識を持っていました。中国画でも油画でも、徐悲鸿から李可染、吴作人、董希文また靳尚谊、刘小东まで多くの優秀な芸術家を生み出しました。かれらは創新し、藝術の新しい問題の解決に挑んできました。この方面で、私たちは教師と学生の大胆な創新を促すことが必要です。今年の5月に上海中華藝術宮で「中央美術学院と20世紀中国具象油画」の展示をし、また今回「卒業季」は学生の展示と社会に出会うことで、学園全体を美術館にし、学生にもっと多くの観客と交流してほしい。このような措置はすべて学校の壁を開いて、学校と社会が緊密に融合するためです。2018年我が校は100年を迎えます。学校は「百年輝敦煌」というプロジェクトを実施している最中で、教育の改革を推し進めることに努め、先生方に彼らの才能を発表できる、藝術において時代精神のある優秀な作品を創ってもらいたいです。

江上:楽しみですね。ありがとうございました。
江上 越(Egami Etsu)
1994年千葉市生まれ。千葉県立千葉高校卒業後、2012年中国最難関の美術大学・中央美術学院の造型学院に入学。制作と研究の日々のかたわら、北京のアートスポットを散策する。ここでは北京のアート事情、美大での生活などをレポートしてもらう。