えっちゃんの中国美大日記 第23回「『出走』―写生と現代アートの関係性」

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「出走――劉商英、石煜」二人展

798芸術区の橋芸術センターにて劉商英、石煜による「出走」展がはじまった。当日は多くの人が来て20点ちかく売れてしまい大盛況、レセプションには美術界の重要人物が来ていた。中央美術学院の学長の範迪安、先日美術学院でお昼ご飯をお邪魔した油絵科の大御所詹建俊、油絵科の先生がほとんど来場した。もちろん、メディアのかたがたも来ていて、そんなに大きくない画廊は真冬の中熱気に包まれた。
会場の外にはスポーツカーも止まっており、通りがかりの人も不思議がって画廊に入ってきた。

今回のキュレーターは、わたしも展示やイベントで何度かご一緒した袁佐。なぜこの二人の二人展をしたのか、キュレーターの袁佐に話を聞くと「劉商英、石煜ともに中央美術学院の油絵科出身でその後、劉商英は油絵科第三工作室の先生、石煜は油絵科第二工作室に残り先生をしていて、2人の背景が近いこと。そして2人とも他の地に出かけ、そこで絵の題材を見つけて、作品にするので共通点が多く、中央美術学院若手作家のふたりの展示を企画した」とのことだった。範迪安もこの若手油絵科2人の展示はとても大事と話す。

会場には多くの先生が来場

会場には多くの先生が来場

写生の多様性

例えば石煜はアメリカ、インドでの写真の上にペインティングし、劉商英はチベットの山、湖の写生をしている。この二人は写生という共通する部分が多い中、外で写生するということ、写生から帰ってくることに関しての根本的な違いがある。劉商英は外に出ることについては、要は精神的な別離が大事でこの機会を通じて思考し続けることに意味があると考え、実質的回帰はないと話す。
石煜は外に出るということは精神的にも習慣からはなれ新しいものを探しに行く。それが見つかったときにようやく回帰することができると話す。

写生と現代アートの関係

写生自体は古い方法で、抽象画、インスタレーションの時代を通して過ぎてしまった現在、なぜいま「写生」なのか。
「写生」は中国現在の油絵作家にもよく使われる手段である。そもそも写生の定義さえ曖昧だが、写生からある種の抽象画にして、精神性を表現するのか、それとも写生から現在社会の問題性を観察し、発見すのか、いろいろな方法がある。例えば現代油絵画家の中で不動の地位を築いた劉小東も変化する社会を写生の形で写実に表現している。
それは中国の美術教育、特に中央美術学院では授業の方式がヌードや静物、人物などの写生というところからも影響しているように思える。中国では若い作家写生を通してものへの造形的観察力、観察したものに対する疑問を絵で表現している作家は多い。

「写生」はそのままを写すだけではなくて、自分と外側の一番はじめの接点を通して自然と自己とのコミュニケーションし、より深く理解しながら宇宙の根本的規則に近づくことなのかもしれない。

左は劉商英の作品

左は劉商英の作品

石煜の作品の前にてキュレーターの袁佐

石煜の作品の前にてキュレーターの袁佐

劉商英は在学中詹建俊(左)と師弟関係にあった。

劉商英は在学中詹建俊(左)と師弟関係にあった。

油絵科第一工作室の孫遜(左)

油絵科第一工作室の孫遜(左)

いつもお世話になっている中央美術学院美術館副館長の唐斌(左)

いつもお世話になっている中央美術学院美術館副館長の唐斌(左)

忙しい中長時間取材に応じてくれた中央美術学院学長の範迪安(右二番目)と作家の劉商英(左二番目)石煜(右一番目)

忙しい中長時間取材に応じてくれた中央美術学院学長の範迪安(右二番目)と作家の劉商英(左二番目)石煜(右一番目)

画廊の作家鮑風林(左)と周清章(右)

画廊の作家鮑風林(左)と周清章(右)

コレクターの方

コレクターの方


江上 越(Egami Etsu)
1994年千葉市生まれ。千葉県立千葉高校卒業後、2012年中国最難関の美術大学・中央美術学院の造型学院に入学。制作と研究の日々のかたわら、北京のアートスポットを散策する。ここでは北京のアート事情、美大での生活などをレポートしてもらう。