えっちゃんの中国美大日記 第22回「中国美術界の仕掛け人第4弾 上海写実画家界のドン:徐芒耀インタビュー」

えっちゃん5

dotline

更新が遅くなりましたが、中国美術界の仕掛け人第4弾として、上海写実界のドンである徐芒耀先生をインタビューしました。徐芒耀先生は先日中国美術館で行われた中国写実画派展の一員でもあります。忙しい中、北京での滞在中にお話を伺いました。

徐芒耀 1945年生まれ、上海人。1980年から88年まで中国美術学院油絵科にて教鞭をとる。1987年に作品《我的夢》が第一回全国油画展金賞受賞、現在上海師範大学美術学院院長、教授を務める。

<我的夢> 1987年に第一回全国油画展 金賞受賞作

<我的夢> 1987年に第一回全国油画展 金賞受賞作

徐芒耀:日本は素敵な場所ですね。北海道にいったことがあるのですが、空気もいいし、札幌の町はとてもきれいで、ごみひとつ落ちていない。驚きました。中国の農村部もこのようにきれいになればいいなと感じています。他にも箱根に行ったときは本当に東山魁夷の絵と同じ景色が目の前に現れて、雲がうそのように本当に美しかった。

江上:先生にそういっていただけると嬉しいですね。日本の自然の豊かさは魅力的です。
東山魁夷に関してはお好きなんですか?

徐芒耀:あまり詳しくわかりませんが、有名ですね。他にも平山郁夫さんはシルクロードを題材に描いているので有名です。

抽象画真っ盛りのパリの中、あえての写実で勝負

江上:先生は80年代にフランスに文化部のプロジェクトで84年から86年まで滞在していましたよね。

徐芒耀:ええ、そのときはフランスと中国の政府間の文化交流のために年に10人選んで派遣していました。私は当時中国美術学院にいたので幸運にも選ばれてフランスに行きました。当時フランスでは挿絵のアルバイトをしてお金をため、中国本土ではまだ少なかった電化製品を買って持って帰りました。何度かの渡仏でいろいろなものを買いましたね。笑

江上:当時のフランスでは先生の描いているような古典写実技法は少なく、インスタレーションや抽象画が多かった中で、やはり古典写実技法を選んだのはなぜでしょう。

徐芒耀:パリの美術大学ではほとんどの人が抽象画を描いていたので、私も写実は描いてはいけないのではないんじゃないかなと迷いました。だから実際に抽象画も4枚描いたのです。でもやっぱり違うなと。。。モデルを見て、写実に向き合うときは気持ちがわくわくするし、楽しい。それにもともと写実は私の長所でもあったので、写実でやっていこうと決めました。

江上:現地の学生は先生の絵をみてどのような反応をしましたか?

徐芒耀:2つありまして、ひとつはなんで今の時代にこんなに時代遅れのものをやっているのかという声と、2,3人でしたが、「わたしも17世紀18世紀の古典画が好きで描いている。必ずその時代はもう一度来る。」という人もいましたよ。写実を描くとなると、パリのいいところはルーヴル美術館があるところです。とにかく美術館に入って模写をしていました。

江上:そして帰国後にヨーロッパの古典写実技法をつかって製作していますね。

徐芒耀:ええ、中国の主流の写実画はソ連派でしたから、その後この欧州古典派はでてきてとても影響を与えたと思います。私は作品で外国のモデルをたまに使うのですが、それは心の中でモデル、材料共に巨匠と同じ条件のなか、彼らには絶対負けないぞという意気込みで描いています。

<夏日> 2012年作

<夏日> 2012年作

<灰衣少女>

<灰衣少女>

北京滞在中の短い間でも画材を買って、友達のアトリエにて絵を描いている徐芒耀先生は本当に絵が好きなんだなと感じた。70歳近い徐芒耀先生の絵に対するエネルギーからパワーをもらった。

江上 越(Egami Etsu)
1994年千葉市生まれ。千葉県立千葉高校卒業後、2012年中国最難関の美術大学・中央美術学院の造型学院に入学。制作と研究の日々のかたわら、北京のアートスポットを散策する。ここでは北京のアート事情、美大での生活などをレポートしてもらう。