Home > 美術新人賞デビュー >  美術新人賞デビュー2022 審査総評&全入選作27作家 一挙紹介!

美術新人賞デビュー2022 審査総評&全入選作27作家 一挙紹介!

〈美術新人賞デビュー 2022〉の受賞&入選者が決定!応募総数213名の中から、書類、実作品の審査を経て、受賞5名を含む入選27名が選ばれました。 ここでは、審査員の立島惠、土方明司の2氏によるコメントともに入選作品を一挙に紹介します。 座談会 立島惠×土方明司 満場一致で決定! グランプリは 遠藤仁美《霧が晴れない》 (月刊美術 2022年3月号より抜粋)

(左)土方明司氏(川崎市岡本太郎美術館館長)/(右)立島惠(佐藤美術館学芸部長)

──〈美術新人賞デビュー〉も今年で節目の10回を迎えることができました。今回の応募総数は213名と、前回よりやや増加。書類による1次審査を通過したのが92名。そして実作品による2次審査を経て、入選27作家が決定しました。また、今回から作家審査員として新たに永山裕子、塩谷亮、岩田壮平の3氏に加わっていただきました。これまでとはまた違った視点での審査になったのではないでしょうか。ここでは、評論家の立場から審査にあたる立島惠、土方明司の2氏に選考を振り返っていただきます。 立島 第1回から審査を担当していますが、10年は本当にあっという間でしたね。出品作の全体のレベルは確実に上がってきていると思います。デビュー展のレベルというか、位置みたいなものが徐々に見えてきたんじゃないかなと思いますね。 土方 私は前回から参加しているのですが、この10回の間に入選作品の傾向は変わりましたか? ──第1回のグランプリは福田真規さんでした。象徴的に窓を描いた室内風景は、ちょうど写実ブームが盛り上がっていた頃の作品で、他にもそうした傾向が多く見られました。 立島 いわゆるスタンダードな具象絵画の人物、静物がメインの作家たちが多く入選していましたね。後半になってくると描画なんだけれど、変則的というか、現代的なエッセンスの作家たちが徐々に入ってきたように思います。 ──2016年(第4回)の野間祥子さん、17年(第5回)の柏倉風馬さんが一区切りというか、その辺りから少し潮目が変わったように感じています。 立島 そうかも知れませんね。 土方 写実表現が一段落したのは美術全体を見回してもよくわかります。技術を見せるというよりは、自分の日常生活の些細なこと、内面性を丁寧に掬い取って私小説的に密かに伝える。今回の入選作もそんなナイーブな感覚が全体の傾向として感じられました。 立島 等身大の視点、今は特にそういう作品が多いですね。 土方 決して見ていて嫌なものではなく、じんわりと伝える。「絵の良さってこういうところにあるな」と感じさせる。長く続くコロナ禍の閉塞的な中で自己を見つめる時間が増えたのかなとは思います。 ◆受賞の決め手は、 既視感のない新しい表現 ──それでは早速、受賞作品から見ていきたいと思います。グランプリは遠藤仁美《霧が晴れない》。審査の1巡目から満票を得ていました。

グランプリ 遠藤仁美 《霧が晴れない》 30F アクリル、キャンバス

立島 存在感が抜群でした。レイヤーの構造で、見せ方が上手。色も綺麗でした。 土方 デジャビュというか、白昼夢のような現実と非現実の〝あわい〞みたいなものをうまく捉えていて、審査員みんなが好感を持って見ていた。 ──グランプリの決め手はなんでしょう? 土方 既視感がないことが重要だと思います。新しい感覚、新しい表現を見せてくれた喜び。そういう作品と出会うと、こちらも嬉しくなる。 立島 風景を借りて自分の内面性を表現している。けれど、単なる風景画に見せるのではなく、気持ちのコアな部分にフォーカスしている作品だと思います。 ──準グランプリ2名はともに日本画です。まずIshiko《生きた船》から。

準グランプリ ishiko 《生きた船》45×60cm 紙本彩色、岩絵具、パネル

土方 私は推していた作品です。 立島 20号と、少し小さい作品でしたが、バランスも取れていて、スケール感がよかった。 土方 モチーフが何なのか、よくわかりませんでしたが、感性が光っていた。 立島 空間のぬけ感、日本画の空間把握が活きていた作品だと思います。 ──もう1名は木村真光《真夜中の未来》

準グランプリ 木村真光 《真夜中の未来》 30S 岩絵具、美濃紙

土方 基礎的な技術がしっかりしているなと思いました。 立島 以前から知っている作家ではありましたが、洗練されて、とてもよくなってきている。 土方 準グランプリの2点は対照的で面白いですね。日本画という同じジャンルであるはずなのに、そうは見えない。現代日本画のバリエーションを見て感じられる。 立島 「日本画」というものを意識しないで描いていますね。 土方 昨今の傾向でもあるんだけれど、日本画・洋画・版画を含めてジャンル分けができなくなってきている。いわゆる日本画らしいものが少ない。より柔軟に軽やかにいろいろな画材を使いこなしているのがすごいと思います。10年、20年前までは見られなかったことです。 ────奨励賞はKAYA《Pairs》陳天逸《祝福》の2名でした。 土方 KAYAさんは、心理的インパクトが強い作品でしたね。でも少しだけ古めかしかった。それが悪いって訳ではないんだけれど、中間色の使い方が古い感じがしてしまって、グランプリ、準グランプリもそうですが、やはりビビッドな色彩が目立つので、損してしまっているなと思いました。イマジネーションの力が強く、良い絵。力はあると思うので、将来が楽しみですね。

奨励賞 KAYA 《Pairs》 30F 油彩、キャンバス

立島 陳天逸さんは、よく見ると工夫しているところが多く、水干絵具の使い方もとても上手。小さな絵の世界をうまく表現していると思います。派手さはないけれど、好感が持てる作品でした。

奨励賞 陳天逸 《祝福》 30F 岩絵具、水干絵具、パネル

◆力のある、ユニークな入選作品 ──続いて入選作品に移ります。相波エリカ《Social Distance》は、審査のときにタイトルを読み上げただけで思わず笑いが起こりましたね。

相波エリカ 《Social Distance》 20P 油彩、キャンバス

立島 タイトル通りの作品でしたからね(笑)。だけど、楽しい作品ですよね。作家自身も楽しんでいるのが伝わる。 土方 人物と背景のマッチングが面白い。あっけらかんとしていて。洗練された、デザイン的な感覚がうまく絵に活かされている。 ──青木薫《立神》はいかがでしょう。

青木薫 《立神》 30M 油彩、キャンバス

土方 荒々しい自然の情景と女性の取り合わせで幻想を見る。古典絵画的ではありますね。ある意味では、今回の入選作の中では異色な存在で、目立っていた。赤の使い方が効果的だったと思います。 ──次は、青木裕美《またたきをあつめて夜にして》青木裕美さんは前回奨励賞でした。

青木裕美 《またたきをあつめて夜にして》 20P 油彩、キャンバス

立島  光のコントロールが巧みで、綺麗。好きな作品です。あとひと工夫できると、もっとよかったと思います。表現力はあるので、期待しています! ──板倉冴《独游》も目立っていましたね。

板倉冴 《独游》 30S 尾道帆布、岩絵具、水干絵具、胡粉、金泥、膠

土方 グラフィック的な魅力がありますよね。インパクトは絶大。 立島 実力はあると思います。人物もよく描けている。あと少し背景を整理したり一捻りすればもっと上にいけるんじゃないかな。 ──王杰《冬の日差し》金子貴富《色を紡ぐ》と続けて見ていきます。二人とも前回奨励賞でした。 土方 王さんは、奇をてらったところはないんだけれど、印象に残る作品。場面設定もうまいので、色面の処理をもうひと工夫して、暗示や象徴など謎めいたものが匂い立ってくるような絵作りができれば、より良くなると思います。

王杰 《冬の日差し》 30F 岩絵具、麻布

立島 金子さんは少し考えすぎてしまったかな。 土方 少し作為が強く出てしまったように思います。このシリーズで進めていくのは面白くていいと思う。続けることでそれがオリジナリティになる。でもちょっと今回はわざとらしくなっちゃったのが惜しかった。

金子貴富 30M 油彩、テンペラ、キャンバス

──加納芳美《SMILE》は素直で明るい作品ですね。

加納芳美 《SMILE》 10S アクリル、紙、布、紐、インク、木製パネル

立島 コラージュの作品ですね。背景も工夫していて、小さい作品なんだけれど、審査会場でもとても目立っていた。ただ、やっぱりもう少し大きくてもよかったかな。 ──小夜子《わからない》はいかがでしょう?

小夜子 《わからない》 30F キャンバス、ジェッソ、
モデリングペースト、アクリル、
水彩絵具、鉛筆、色鉛筆

土方 面白い作品ではあるんだけれど、イメージが少し弱いかなと感じてしまう。幻想的な雰囲気は出ているんだけれど…… 立島 逆にその弱さを上手に利用すればいいと思います。繊細なイメージを持たせて。車の赤をもっと効果的に置くことで白が際立ち、より綺麗な作品になるんじゃないかな。 ──武田優作《紫陽花とゴブレットの静物》は今回では珍しい写実作品でした。

武田優作 《紫陽花とゴブレットの静物》 30M 白亜地、テンペラ、油彩、パネル、綿布

立島 画力はもちろんあるんだけれど、モチーフのセットアップにもう一押し工夫が欲しかった。 土方 そうですね。モチーフの強さ、象徴性みたいな必然性がないと、ただの技術を見せるだけで終わってしまう。 立島 身近なモチーフの寄せ集めにならないように、配置やアングルなどを吟味したら、ぐんと良くなると思います。 ──都築良恵《hold on》は、特徴的な作品ですね。

都築良恵 《hold on》 15M 岩絵具、高知麻紙

立島  佐藤美術館の奨学生でもあるんですが、こういうスタイルの絵をいつも描いている。ちょっと怖い絵。描写力はしっかりしている。独自の世界観を構築できていると思います。 ──手塚葉子《抛る》は折り紙を効果的に使用した作品でした。

手塚葉子 《抛る》 30F パネル、麻紙、岩絵具、折り紙

土方 こうして見ると日本画のイメージが刷新されていると改めて思いますね。 立島  空間構成に長けている。間のとり方がうまいと思う。 ──点描画家キャル《余暇》は江ノ電での一コマでしょうか。

点描画家キャル 《余暇》 20F アクリル、キャンバス

土方 嫌味のない良い絵。何でもない風景なんだけど、点描に落とし込むことで窓から見える景色の非現実的さが濃厚になる。色も抑制されて、面白い作品だと思います。 ──中嶋弘樹《シャッタールーム》。メガネが印象的でした。

中嶋弘樹 《シャッタールーム》 30S 岩絵具、アクリル絵具、箔、和紙、OHPフィルム

土方 うーん…メガネの効果はあんまり良いとは思わなかったかな。せっかく背景も服もスタイリッシュにまとめたのに人物の顔とメガネがそれを削いじゃっているように思う。工夫は感じられるんだけれど。 立島  メガネはよくわからないけれど、背景、人物、そして、手前のモチーフの表現は個性的で面白いと思う。 ──武道直嗣《虚リ感》武道さんはデビュー展ではすっかりお馴染みの常連です。

武道直嗣 《虚リ感》 42×29.7cm 墨汁、水彩、水彩紙

土方 このサイズ感と描き方だとどうしても入選止まりになってしまう。ただ、もっと大きく描いたとして、このシュールな作品世界の魅力がどうなるのか……小口木版のようなミクロコスモス的な魅力があるから、今の大きさが目一杯かもしれませんね。それでも、何度も入選しているということはそれだけ力がある作家ってことだと思います。 ──平石晶子《眠りにつくまで》はドラマチックな作品でした。

平石晶子 《眠りにつくまで》 20F 岩絵具、水干絵具、胡粉、木製パネル、麻紙

土方 幻想的だけれど、甘くなりすぎずに描いた良い絵だと思います。ただ、審査会場でみると地味に見える。例えば、モチーフになっている燭台と装飾と光に群がる蛾の3つは、どれも同じように描かれてしまっているけれど、どれかを主役に据えることでメリハリが生まれる。テーマは同じでも見せ所を工夫するだけでだいぶ印象が変わると思いますよ。 ──増田舞子《かえり道》は、どうでしたか。

増田舞子 《かえり道》 81.5×50.5cm 綿布、墨、岩絵具

立島  情景の雰囲気がよく出ていると思います。太陽あるいは月かしら。空は晴れているのに傘をさしていて、不思議な作品ですね。 土方 好きな絵でした。人物をもう少し道の奥に置いて、歩き去っていくように見せれば、イメージがより広がっていったかな。 ──宮間夕子《溢れた光明を掲げて》はパワフルな作品ですね。

宮間夕子 《溢れた光明を掲げて》 30F 油彩、アクリル、木パネル、綿布、白亜地

立島  はっきりとした、自分自身のオリジナリティを追求していて、潔いですね。おめでたい作品に見えるけれど、禍々しい描写も見られて、両方合わせ持っているところがいいと思います。 ──村松航汰《再逢の日》はいかがでしょう。

村松航汰 《再逢の日》 30F 岩絵具、膠、箔、麻紙

立島  あっさり描いているように見えて、構図をしっかりととってよく描き込んでいる。量感があって、絵の訴求力、画面の力が感じられました。 土方 情感をうまく掬い取っていて、良い意味で日本画らしい真っ当な表現でした。 ──山口温子《花舟》。糸が張り巡らされている作品です。

山口温子 《花舟》 10S 綿糸、染料、顔料、ウッドパネル、釘

立島 作品としての完成度は非常に高い。課題があるとすれば、これからどう見せていくか、だと思います。「これは何だろうな?」と思わせる作品で、今は物珍しさがあるけれども。色彩も綺麗でなかなか真似できない制作だと思うので、今後の展開に期待したいと思います。 ──山崎有美《ポリフォニー》は技法が注目されました。

山崎有美 《ポニフォニー》 30S 岩絵具、紙本絹本二重技法

立島  二重技法の作品ですね。華やかで幻想的。だけど、意外とこの技法で制作している人は多いんです。もっと独自性が加味されるといいかなと思います。 土方 そうですね、パッと見たときの効果が高い分、構造に頼ってしまうと、絵を描く力が弱っちゃうかもしれません。 ──吉川薫《幸福と不信の震える映像》は、どこか人を引きつける魅力がありました。

吉川薫 《幸福と不信の震える映像》 12F オイル、アクリル、ワックスペーパー、紙、キャンバス

立島 可能性を感じられる作家だと思います。が、まだ迷いがあるのかな。 土方 化けそうな予感はあります。まだ中途半端なところもあるけれど、うまく自分の絵に落とし込めると強い絵が出てきそう。今回の入選作は全体的に洗練されているものが多く、その中では異色で面白い作品です。荒削りで未成の力が溢れていた。また出品して欲しいです。 ──最後は和田竜汰《HOUKAI 1.00》は、人気の高かった作品でした。

和田竜汰 《HOUKAI 1.00》 30F 油彩、パネル、石膏地、カシュー、銀箔

土方 最初のインパクトは大きかったです。賞候補まであと一歩でした。イメージの力が強いけれど、まだ自分のオリジナルの表現に到達できていないのかも。 立島 そうですね。絵肌も工夫しているからもう少しこなれてくると良いのかなと思います。 土方 まだ熟れていないだけですね。十分魅力のある絵だと思いますので、これからも描き続けてください。 ──以上、かけ足でしたが、受賞を含む入選作家を振り返りました。 本日はありがとうございました。

審査員 選考評 永山裕子 (画家) 自分の世界を描いた絵に、心惹かれる  今回から審査に加わりました。コロナ禍において絵を描く環境は変わったけれど、描く絵そのものは変わらず制作時間が増え、むしろ集中できたのではないか、応募点数の多さからもそれが窺えます。コロナをテーマにしたものは目立たず、それぞれ自分の世界を描いた絵に、心が反応しました。最終投票で上位名に選ばれた作品全てに、私は票を入れた結果になったのですが、日が経って眺めると少し違う絵に惹かれだしたり、忘れられない絵もあります。それは後述しますが、今回、他の審査員のかたも、大きく票がバラけることがなくまとまりました。  グランプリを受賞された遠藤仁美さん、おめでとうございます。受賞作《霧が晴れない》は、映像作品の一瞬を切り取ったよう。キャンバスに描かれたタブローでありながら、画面全体に重なる透明な青紫の縦線が絶えずブレながらスライドしている皮膜のように見え、不思議な空間の厚みを作り出しています。自主上映の映画を見ているようなノスタルジーを感じました。  準グランプリのさん《生きた船》。一瞬穏やかなテーブル上のモチーフを描いているように見えながら、壊れたり模様を繰り返したり、どこかの遺跡を彷徨うような作者のあそびの中に、静かに引き込まれました。もう一人の準グランプリ、木村真光さんの《真夜中の未来》。可愛い赤ちゃんというより「乳児という生まれたばかりの生き物」。突き放した表現のように見えて、喜びや不安など色々な感情で包み込んでいる、描くモチベーションの強さを感じました。 奨励賞のさんのKAYAさんの《Pairs》は、もっと大きなサイズで描いたものを見たいです。もっと見たいは私の中ではいちばん大事な選ぶ理由です。《祝福》陳天逸さん、晴れやかなお祝いのひととき、甘くなりがちな空間に主役の子供二人だけが渋い落ち着いた色で描かれバランスが絶妙です。  票が割れなかったと書きましたが、逆にいうと「誰も選ばないかもしれないがどう しても私はこの作品を推したい、応援したい」という癖のある問題作がなかったのかもしれません。大学入試や卒業制作審査などでは、審査時に、この作品の良さがわからないのか?と意見を戦わせ、説得し、結局最初に選んだものとは別の作品が一番良い成績だったりすることもあります。その良さにだんだん皆の気持ちが傾き気づく、絵の力は人をそれだけ一生懸命にさせるものも含んでいるのだと思います。  ここ何年かピーター・ドイグなどに影響された作品も見受けられるなか、実直に普遍的な、けれどミステリアスな世界を描いた青木薫さんの《立神》も私は好きです。 また、吉川薫さんの《幸福と不信の震える映像》は、アクションペインティングののように見えながらよく見ると蠢く者者たちがいて、もう一回この絵を見たい、確かめたいと思いました。

審査員 選考評 塩谷亮(画家) 完成の明快なヴィジョンを持った作品が多く入選  デビュー展の存在は発足時から知っており、これまで数人の若き知人が受賞して副賞である個展の案内状が届いたときは、まさに名は体を表すコンクールであることを感じ入ったのを憶えている。10回目を迎える今回、初めて審査に加わることになり、襟を正して臨んだ。私は二次審査からなので、すでに応募者の半数以上が一次の画像審査で選外になっていることを考えると、やるせない思いもあった。絵画は物質であり、三次元の物体であるから、やはり実物を見ないと微妙なところは判断しかねると思うからだ。  基本的に審査員5名の挙手制で入落が決まっていく。なかには是非推したい作品もあったが、得票が届かず内心残念な思いをしながら次へと進んでいった。決定した27点の入選作は、完成のヴィジョンを明快に持って描かれた作品が多いと見受けられた。審査一巡目から圧倒的な存在感で目に飛び込んできたのが、グランプリ受賞の遠藤仁美さん《霧が晴れない》である。綿布、アクリルの特質を巧みにコントロールし、清潔な絵画空間を鮮度高く定着していた。ややもすると工芸的な手技に陥ってしまいそうな技法だが、描く部分と抜く部分の呼吸が心地よく、おおらかで壮麗な表現となっている。二巡目の賞審査においても満場一致でのグランプリ受賞となった。準グランプリのishikoさん《生きた船》は、デッサンに基づくオーソドックスな手法によるものだが、スケール感がつかみにくいことで不思議な超現実味がある。静物画を超えて自身のイマジネーションの世界にうまく引き寄せている。作品サイズが小さく、他者と並んだときに印象が弱まってしまったことが残念である。  同じく準グランプリの木村真光さん《真夜中の未来》は乳児をモチーフに装飾的に構成し、緻密な描画テクニックと高い造形力が評価された。手慣れを感じさせる絵作りに、やや新鮮味が感じられなかったことが惜しまれる。 そのほか受賞に至らなかった作品の中で印象的であったものを数点あげたい。青木裕美さん《またたきをあつめて夜にして》は、何気ない景色を自身のリアリズムをもとに情感豊かに表現し、小夜子さん《わからない》は、奇妙なゆがみとモノトーンの世界に憂いを感じさせる。武田優作さん《紫陽花とゴブレットの静物》は堅実な写実だが、対象への眼差しにあたたかさを感じた。





審査員 選考評 岩田壮平(日本画家) 貪欲な直向きさを感じる応募作品  今回から審査に参加をさせていただいた。選考方法は一次審査を経た応募作品を一作一作、丹念に見ながら何度も巡る。巡回は繰り返され何審も重ねたのちに最終的に賞が決まった。一審、二審と重ねる過程で、入落を分かつ作品毎に、かつて自分が選外になったときのあの悔しくて遣る瀬なかった気持ちと、また同じく入選を果たした展覧会の自作の前では、それが拙く遠巻きに見ることしかできなかった…。そんな記憶を思い起こさずにはいられなかった。  グランプリに選ばれた遠藤仁美の《霧が晴れない》という作品は、縦にストライプ状の紫やセルリアンブルーによる、タイダイ染めに似た滲みある模様の中に、鬱蒼と生い茂る草木の中を何処の山だろうか、それを見上げる黄色く縁取られた散歩中の男性と犬。画面の多くを紫色が占めるのだが、色が示す心理的状況のなかに紫色は癒しへの願望というものがある。画中の散歩をする男性と付き添う犬はともに発光をしはじめ、つとにある疎ましい世情から心が次第に解放されてゆくようだ。タイトルを「霧は晴れない」としながらも、晴れない霧はないことを示唆するような希望がそこにはあるように感じた。  準グランプリのishiko《生きた船》。彼女の作品は実に不思議な作品であった。他の受賞作品に比べサイズが小さいながらも、見るものを捉えて離さないものがある。陶器のポット型ランプのような船が舫いで繋がれ停泊をしている。何やら水耕栽培のような植物。氷のようでもあり角砂糖のようでもある砂嘴。身の回りにある生活や眼に映るモチーフを気の向くままに拾い集め再構築したのであろう、その空想的な驚異の世界にはどこか懐かしさがあり、そして未来的にも感じる。  また、同じく木村真光の《真夜中の未来》は、画面に描かれる緑児が、様々な種類の花々が咲き誇る木の枝にまるで絡め取られるように描かれている。欧米の旧い家柄にはファミリーツリーという家系図を大樹で表現したものが多く伝えられるが、そこには連綿と受け継がれてきた一族の血脈を見ることができる。一見、画中に描かれた月夜の静謐さと華やかさとが、彼が親としてその緑児に幸あれの願いを込めたように感じたが、それとは裏腹に、どこか過去現在そして未来へと既に定まった人間の宿命を感じ、決して人は囚われ逃れられぬ業というものがあるということを彼の作品に思うのである。  以上、思いつくままに準グランプリまでの印象を書き留めてみた。応募作品を通して感じたのは、きっと各々の年齢のいまにしか描けない思いや表現が詰まったものなのでしょう。自らがいま興味を抱く作風や描画方法があり、それをなんとかか自らののものにしたいという貪欲な直向きさとともに、実際にはそれが完全にコピーしきれれないからこそでしょうか。各々が育ってききたた環境やルーツや記憶という本来の姿が見え隠れする、そこに画家としての真っ当な初々しさを感じる作品が多く見受けられたように感じた。




美術新人賞デビュー2022 入選作品展 会期 2022年2月28日(月)~3月5日(土) 11:00~18:30 ※最終日は16:00まで ※開廊時間は変更になる場合があります。 〈第1会場〉 泰明画廊 東京都中央区銀座7-3-5 ヒューリックG7ビル1F グランプリ 遠藤仁美 奨励賞 KAYA 青木薫 王杰 金子貴富 小夜子 武田優作 都築良恵 中嶋弘樹 武道直嗣 山口温子 山崎有美 吉川薫 和田竜汰 〈第2会場〉 ギャラリー和田 東京都中央区銀座1-8-8 三神ALビル1F 準グランプリ ishiko 準グランプリ 木村真光 奨励賞 陳天逸 相波エリカ 青木裕美 板倉冴 加納芳美 手塚葉子 点描画家キャル 平石晶子 増田舞子 宮間夕子 村松航汰


page top